第221話 龍一郎の思惑
彼らが里に着いた刻には丁度、朝の会合の最中だった。
何時もの様に彼らは見張りの眼を掻い潜り集会所の土間に突然現れた。
龍一郎たち江戸の者が居ない平素は甚八が上座に一人座っていた。
江戸の者が全員揃った事は無い、少なくとも甚八は知らない。
龍一郎が不在の刻の次席は佐紀であり、それ以降り席も決まっていた。
龍一郎、佐紀、小兵衛、お久、平四郎、三郎太、甚八である。
この順に不在の刻は里の指揮を司る事になっていた。
従って多くの日数は甚八か゜統領であった。
上座に座る甚八が龍一郎たちに気付き席を立ち脇に退いた。
統領の仕草に組頭たちが土間を見て龍一郎、佐紀、誠一郎、舞を見た。
「甚八殿、又暫く厄介になる、世話を掛けるな」
「飛んでも御座いませぬ、此度は四名で御座いますか」
「いや、新参者が三名と我らの付き添いがおる、平四郎、お峰、お花、三郎太、お有、平太じゃ、新参者は気配が消せぬでゆっくりと参る」
その刻、村から龍一郎の仲間の到着の知らせが届いた。
「統領、江戸から龍一郎・・・様の・・・仲間が・・・着かれました」
知らせに来た者は屋内に龍一郎達四人がいる事に少し驚いた様だった。
「ご苦労であった」
「はぁ」
「申し訳ありませぬ、まだまだ修行が足りませぬ」
「甚八殿、僭越ながら心得を一つ、身体を動かす力、その力による技の元は心、気でござる、この里の者は心、気の使い方を知らぬ、身体、技だけでのうて心を気の鍛え方が足りぬ様でござる」
「心を気を鍛える方は御座いますか」
「座禅で心を無にし自然の一部となる事もよかろう、仲間同志でかくれんぼをするのも良かろう、仲間で尾行をし合うのも良かろう、江戸ではこの方法で鍛えておる、仲間同志で尾行をし合い、何処で見つかるか、何処まで見つからずに着けられるかを修練しておる、当然、変装も行う、どうじゃな、甚八殿、里では修練しておるかな」
「申し訳御座いませぬ、仲間同志など考えも至りませぬ事でした、有難きお言葉早速にも取り入れたいと心得ます」
「喉が乾いておる者は喉を潤せ、厠にも行って参れ」
先に着いていた龍一郎たち四人は龍一郎の家で水を飲みのどを潤し、厠で用も足していた。
女子衆は佐紀が三人に割り当てられた建屋に連れて行った。
誠一郎が男子衆を割り当てられた建屋に案内して行った。
江戸から到着した者たちも人心地着き、江戸組と里の組頭と統領の甚八が龍一郎の言葉を待っていた。
「まず、里の者たちに礼を言う、よく里を守ってくれておる、忝い。
江戸からの者には、此度が初めての者が三名おる、まずは里の仕来りに馴染み迷惑にならぬ事を第一とせよ。
己の技量はその後の事を心せよ、良いな」
三人の江戸から来た新参者、双角、慈恩、お雪が頭を垂れて挨拶した。
江戸から龍一郎たちが修行とレンガ作りに来て七日が経った。
何時もの様に夕餉が済み、茶の刻になった頃に自宅で夕餉を取っていた組頭が集められ会合になった。
「丁度良い機会じゃ、皆に此れからの私の考えを聞いて貰います。
其方らが一眼となり作業も順調な様だ、礼を申します。
ここで此度の里来訪の目的と今後を伝えておきたい・・・。
レンガを二十万作る事は変わらぬ。
出来た物を順に江戸の雑木林に運ぶ事も変わらぬ。
付け加えるは雑木林を江戸の鍛錬所とする事じゃ」
「おぉ」「ほぉ」などの声が漏れ聞こえた。
「この鍛錬所の敷地を丘と命名する。
丘にはその名の元となった丘がある。
丘を挟んで門側を正面とし丘の手前に屋敷を建てよう思うておる、これが丘屋敷じゃ。
丘屋敷は武家の屋敷としこの敷地が武家の持ち物と世間に知らせ、盗賊どもを寄せつけぬ様にする。
丘を挟んで裏に地下の貯蔵庫を作り、その上に小屋を建てる。
この養老の里の物と同じで、レンガはその為の物じゃ、表の武家屋敷、裏の地下蔵と建屋の絵図面は富三郎殿が書いておる。
表の丘屋敷は市井の大工に任せるつもりじゃ、裏の穴倉と建屋は富三郎殿の指揮の元、我らが作る。
出来上がれば、表の蔵屋敷には十名に住んで貰いたい、裏の建屋には二名に住んで貰いたい。
作る人員、移り住む人員は甚八殿に任せる、望む者あらば甚八殿に言うてくれよ。
技量などを鑑み人選する・・・以上じゃ」
「ははぁ~」
皆が頭の龍一郎に拝礼した。
龍一郎が続けて述べた。
「この際に、私からの人選のお願いをして置きます。
富三郎殿に弟子を着けたい、鍛冶屋の弟子には鍛冶屋が良いと思うが村に鍛冶屋は一人しか居らぬ。
忍び故に誰でも出来ると言うものでも無い、そこで富三郎殿の弟子には巳之吉の朋吉を願いたい。
二人には富三郎殿の知識と技の全てを学んで貰いたい。
江戸からの新参の内、お雪は佐紀付きとする、舞は江戸に戻れば佐紀付きを解きお久殿付きとする。
舞、其方には武術の鍛錬も必要だが武家の仕来りを覚え身体に染み込ませる事も必要じゃ、解るな。
慈恩の師匠はお高とお花の二名が当たれ、慈恩の修行は武術に限らぬ、台所仕事、調理仕事も学べ。
将来は女将・お高と亭主の板長が修行のおりにはお花が女将代理として、そして其方・慈恩が板長として料亭・揚羽亭を守るのじゃ、良いな。
残る双角は平四郎殿にお任せ致す、大名家には槍術も必要でな藩邸の者に学ばせる良い機会じゃ」
「儂は武士、僧侶の次は料理人か・・・それも良いか、調理は好きだからの」
その日、闇稽古を終え温泉に浸かり汗を流した後、龍一郎と佐紀は自室に引き上げた。
「お前様の事を本当に天狗様と言う者がおります」
寝間で佐紀が龍一郎に言った。
「其方も儂を天狗と思うかな」
「・・・私に取っては天狗であろうとなかろうと龍一郎様で御座います」
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