第211話 男子衆の噂話

同じ頃、男子衆が集う部屋でも眠りに付く前の話が弾んでいた。

「双角殿は諸国を巡られたであろうのぉ」

「はい、蝦夷と薩摩以外は巡りました」

「それは大変な事だのぉ、慈恩殿も巡られたかな」

「はい、ですが双角殿程広くは御座いませぬ、奈良、京、熊野、伊勢、尾張、江戸で御座います」

「三郎太はどうじゃ」

「私は伊賀から東海道を江戸までだけで御座います、平四郎殿の方が回られたでしょう」

「某は故合って旧藩を捨て追われる身であったでな、諸国を逃げ回っておった」

「誠一郎殿はどうですかな」

「私は父上の領地・寒川村へ一度、たった一度だけ旅を致しました」

「平太はどうじゃな」

「おらはここ養老が一番の遠方だな」

「どうじゃ旅は楽しかろ」

「うん、楽しいなぁ、同じ握り飯でも旨い」

「双角殿は薩摩へは入らなかったと申したが、入らなかったのか、入れなかったのかどっちじゃな」

「入れませんでした、国境いの関所は厳しく、山越えを試みましたが山賊なのか役人なのかは解りませなんだが追立てられました。」

「やはり噂は本当であったか、だがな、双角殿、龍一郎様は薩摩領内で暫く暮らしておったらしいのだ」

「他の方ならば信じませぬが、あの方ならば不可能など無いでしょう、龍一郎様も諸国を巡られましたので」

「八年の年月を掛け諸国を巡った様だ、陸奥、佐渡、加賀、大阪、堺、長崎、薩摩などを巡った様だ」

「私は土地に落ち着きますで一か所が長いのです、巡ったと申しても目的の地への通り道にしか過ぎませぬ」

「愚僧も同じです、寺に籠る事が多くありました」

「そう言えば其方らの歳を聞いて居らなんだ、幾つですかな」

「私はどうも歳を喰って見える様で、此れでもまだ三十五です」

「おぉ、確かにな、儂は四十を超えておると思うて居りました、双角殿」

「私も同様です、私は三十二で御座います」

「私よりも年上ですね、でも失礼だがもっと年上と思っていました、髭のせいでしょうか」

「仲間に加えて頂いたのですから明日からは髭を剃り髪も伸ばします」

「愚僧も、いや私も同様に致します」

「龍一郎様ははっきりと言いませんがどうもむさ苦しいのはお嫌いな様です、諸国を旅して汚い形には慣れているはずなのですが・・・」

「誠一郎殿、それは刻と場所で御座いますよ、山の修行では薄汚れた姿は許されても、道場で薄汚れた姿は許されませぬ、と言う事です」

「剣術の型と同じだな、ちょっとでも違うと叩かれるものな、もうちょっと優しく叩いてくれると良いのになぁ~」

「龍一郎様に取っては強く打つ事より優しく打つ事の方が難しいのでは無いかのぉ~」

「読売で読んだのだが龍一郎様は南のお奉行とも入魂との事だが剣が強く人との繋がりも多い様じゃ、あの方は一体何者なのだ」

「おぉ~そうであったな、其方らはまだ知らされて居らなんだか、う~ん、言って良いものか」

「龍一郎様は山修行に参すれば家族と申されています、宜しいのでは」

「だが、まだ終わっては居らぬでは無いか」

「二人が脱落するとはとても思えませぬ」

「う~ん、良かろう、儂の判断で言おう、明日、龍一郎にはお知らせしよう・・・心して聞け、我らの統領・龍一郎は加賀前田家の嫡子である」

「・・・百万石の大名の前田家の若様・・・そんな馬鹿な、あんなに強い若様なんぞ居る訳が無い、のぅ慈恩」

「剣の強い藩主は戦国の世の話、このご時世には聞いた事も無いわい」

「儂はな、何度も上様に龍一郎様の伝言や文を届けた」

「何~、其方。上様に目通りした事があるのか、何処で何時合うた???」

「城でじゃ、それにじゃな南のお奉行の忠相様は二、三日前に道場に来ておる」

「大岡様が道場にいらしたので・・・」

「我らと一緒に鍋を突き酒を飲んで楽し気に話ておった」

「ふ~、我ら二人は剣技だけでは無うて言葉使いと気品も学ばねば成らぬ様じゃ、慈恩殿」

「その様でござる、何時何時(イツナンドキ)上様への文使いを願われるやも知れぬでな、双角殿」

「その様な事はまだまだ先の事よ、其方らにはな、気配が消せる様にならねば無理な事よ」

二人の後ろで「パシッ」と音がして振り向いて前に首を戻すと居たはずの全員の姿が消えており気配も感じられなかった。

二人が呆気に取られ茫然としていると又後ろで「パシッ」と音がし振り向いて首を戻すと全員が元の席に座っていてニヤニヤとほほ笑んでいた。

「・・・我らが目指す処は随分と高みにある様じゃぞ、慈恩殿」

「覚悟の上です、双角殿」

「龍一郎様の申す事を聞き洩らす事無く疑う事無く従う事じゃ、さすれば其方らを身体も心も高みに上げてくれる、信じられぬ程の高みにの」

「はい、剣の抜き打ちの刻に円の軌道の統一と止めの処の統一で思い知りました」

「おお、あの様な事など考えてもおらなんだ」

「些細な事の様で、それを知っておる者、それを意識しておる者、では大きな開きが生ずる」

「只の一振りは一振りでしかない、だが龍一郎様の教えを心して一振りすれば其れは五振りにも十振りにも値する、百振りは千振りに成り、その頃には千振りは一万振りでは無く十万振りになる」

「山の登り下りを只走るだけとするか、足を挫かぬ様にする、回りの動物の気配を探る、一緒に走る仲間の疲れ具合や癖の有る無しを察する、己の癖の有り無し、疲れ具合を察するなどなどを意識するとせぬとでは鍛錬の練度が大きく異なる、加えて我らは仙花と言う技を磨きながら走っておる」

平四郎がそう言うと双角と慈恩が「痛い」と叫び膝元に小豆の粒がバラバラと落ちた。

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