第210話 女子衆の噂話

龍一郎と佐紀はお頭に似合った館に寝泊りしていた。

平四郎、三郎太、平太、双角、慈恩は同じ建屋、お峰、お有、舞、お花、お雪は同じ建屋で寝泊りした。

これらの建屋は山裾の村に移り済んだ者達の空き家であった。

里は家族で住んでいる者が多く、食事も寝泊りも家族単位が基本だった。

一人暮らし、家族が老人の者達の食事だけは集会所が食堂になり皆で食べていた。


「お花様・・・揚羽様とお呼びした方が宜しいでしょうか」

「揚羽はお店での呼び名よ、だから花で良いわ」

お雪がお花に尋ね掛けた。

「お花様はこの中では一番新しくお仲間になられたとお聞きしました、江戸の町中で力を着けるにはどの様な方法が御座いますか、お教え下さい」

「様は止して、さん付けで良いわ、私が勤めているのは料亭なのね、お庭が広いの、今回は参加して居ないけど女将さんも御亭主の板長様も私達の仲間なの、だからお店が始まる前、お店の奉公人が起き出す前にお庭で剣術の鍛錬をしているの、体力は庭の石を持ち上げて座ったり立ったりして脚力を鍛えているわ、これはね、舞さんが最初に始めた事なのよ」

「舞様が考えられたのですか、それを今は皆様が行っているのですか」

「どうかしら、私はしているけど・・・」

「私もしているわ」

お有、お峰、お美津も行っていると行った。

「足の力は付くのだけれど息が続く鍛錬にはならないのよね、その法が無いものかと考えているのだけれど走るのがやはり一番効果があるのよね」

「そうよね、藩邸では道場の回りをぐるぐると走り回っていたわね」

お有とお峰が言った。

「私とおっかさんは朝早くに寺社まで走り長い階段の登り下りをしていたわ」

舞が鍛錬当初の話をした。

「今はどの様にしているのですか」

「もうそれくらいでは効果が少なくなっているのよ、もっともっと激しい動き重いものが必要なのよ」

「この養老の様な処が家の近くに在れば良いのだけれど・・・」

「龍一郎様とお佐紀様はどの様な鍛錬を為さっているのでしょうか」

「解らないわ、残念だけれど、あれだけの技量は得る事も大変でしょうが保つのはもっと大変だと思うのです」

「私はお聞きした事があります」

「えぇ~、良く聞けましたね、それで教えて頂けたのですか」

「はい、山修行で苛烈、過酷、限界の鍛錬を行えば三月の間は持つそうです、三月の間は簡単な鍛錬で済むと言って居られました」

「ここで行っておられる苛烈、過酷とはどんなものなのでしょうか・・・同行して見たい様な、怖い様な・・・」

「でもいずれはその域に達したいものです、今のままでは一日でも休めば取り戻すには二日掛かります」

「そうなのです、怪我をして五日も動けずにいると元に戻すには十日以上掛かりますものね」

「皆様は幼き頃から身体作りをされておられました、が私はしておりませんでした、一日休めば二日では無く三日、四日掛かります、皆様のお身体の様には参りません」

お美津の正直な露呈だった。

「お雪ちゃんは寺社に日参していたのでしたね、それで足腰が鍛えられた・・・お佐紀様も同じだったとお聞きしました、とすればお雪ちゃん、貴方がお佐紀様に一番近いのかも知れませんね」

「そう言うお有様はどの様な幼き頃を過ごされたのですか」

「私は事情があって旧藩から追われる身となった兄上・平四郎と共に全国各地を逃げ巡る旅を続けました、そのせいでしょうか、足腰の強さは」

「お峰様はどの様な幼少で御座いましたか」

「私は剣鍛錬所の長の娘として生を受けました、当然、父は跡取りの男子を望まれましたが残念な事に子は私だけでした、私が年頃になったなら婿に跡取りにと考えられた様です、私が剣の修行を望んだ後もそれは変わりませんでした、ですが私が変わりました、私より剣技が劣る方の嫁になる事が絶えられなくなったのです、結局、父が存命の間に私を負かす殿方は現れませんでした」

「今は何人もいますね」

「そうね」

お峰はそう言いながら少し恥じらいを見せた。

お峰の心に平四郎の姿が浮かんでいる事は皆が解っていた。

「私も剣技が強くなったら同じ気持ちになるのでしょうか、天狗の様なお佐紀様には大天狗の龍一郎様が現れましたが私に現れるでしょうか」

「好きな殿方と結ばれる事だけが女子の幸せでは無いでしょう、現に私はその日、その日を無事に生き抜く事だけしか考えては居ませんでした、藩邸に住まう様になっただけで天にも登る幸せでした」

お有は兄が七日市藩に仕官した刻の喜びの気持ちを語った。

「私の父が亡くなり、その後を継いだのがお有さんの兄上・平四郎様でした。

私達は藩邸を追い出されるものと覚悟して居りました、が、平四郎様と龍一郎様のお手配で藩邸のお長屋に済む事が出来ると知った刻は大変な喜びと安心感に溢れた事を昨日の様に覚えております」

「皆様も大変な眼に在っているのですね」

「お雪ちゃんも大変だったわね、普通は十四で奉公を始めるのに十二、三でしょう」

「私はまだ幸せです、岡場所に売られた子も居ましたから、私は奉公先にも恵まれ可愛がって頂けましたから」

「そこでお佐紀様に会ったのですものね」

「はい、お佐紀様の御実家の廻船問屋でした」

「そう言えばお雪ちゃんはまだ龍一郎様の事を知らないのよね」

「あぁ、そうですね、どうしましょうか」

「龍一郎様のお許しが要りますか」

「龍一郎様は山修行が家族の始まりとおっしゃたわ、だからもう家族よ」

「でも、まだ終わっていませんよ」

「私が絶えたのです、お雪ちゃんなら必ず絶えます」

「では、私の責任でお伝えします、勿論、明日には龍一郎様にご報告致します・・・お雪ちゃん、私達の知る一番の秘密を伝えます・・・龍一郎様の正体です、龍一郎様は加賀前田家の嫡男なのです」

「・・・加賀の前田家・・・百万石の大名の跡取りのお方なのですか、本当ですか・・・信じられません・・・私が聞いている大名の若様なんて馬鹿で非力で甘えん坊で悪さばかりしか聞きません・・・あの方は馬鹿でも非力でもありませんし悪さもしません、本当なのですか」

「私は天覧試合の後で上様にお目通りが叶い、上様と龍一郎様が幼馴染だと知りました、間違い無く龍一郎様は加賀前田家の若様です」

「そうね、舞ちゃんは上様に御目通りしたのよね、で上様はどの様なお方でしたか」

「とても大きな方です、お身体もお心も大きな方です」

「龍一郎様と知り合ってからは楽しくて面白くて幸せですね」

「そうね、その内、上様と御目通りできる栄誉もあるかも知れませんよ」

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