第209話 甚八の改過自新

<甚八の改過自新(カイカジシン) >-----#209

次の日の朝、勉学に初めて甚八が顔を出し皆を驚かせた。

その後の山の登り降りでは甚八が息も絶え絶えながらも15分で広場に戻って来た。

剣技の鍛錬のおりも一言も声を発せず、汗が雫となる程に無心に剣を振っていた。

昼餉の刻も無言を通し、その異常さに誰も声を掛ける事が出来ず通夜の様な静けさだった。

それは夕餉の刻も同じだった。

そして、いよいよ夜の鍛錬が始まった。

それぞれの組が広場から散って行った。


その夜の龍一郎と佐紀は各組の観察に時間を割いていた。

誠一郎の組が戻って来た、勿論、双角、慈恩、雪、舞、佐助、八重も一緒であった。

無論、新参の双角、慈恩と佐助は息が上がり広場に着くなり倒れ込んでしまった。

雪と八重も息は上がっていたが倒れ込む事には絶えていた。

誠一郎と舞は平然としていたが新参者たちに合わせての鍛錬であったから当然の事だった。

見分(ケンブン)の者たちは居たが鍛錬に出た者は広場にはまだ誰も居なかった。


三郎太の組が戻って来たが、しっかりと甚八が付いて来ていて誠一郎の組の者たちを驚かせた。

当然、甚八も広場に着くなり倒れ込み息は絶え絶えであった。

三郎太、お有、平太も平然としたもので平太に至っては広場を走り回っていた。


最後に龍一郎と佐紀が戻って来た。

まだ倒れ込んだままの甚八に龍一郎が声を掛けた。

「甚八殿、もう言わずとも良いな」

「はい」

「良い返事じゃ、じゃが皆の為に敢て言うて置く。

事を起こすも止めるも簡単な事じゃ。

せぬ後悔より行う後悔を選べ。

勇気と無謀は違う。

己に言い訳をするな。

誠一郎、三郎太、其方らも良い勉強になったであろう、人を育てる事は己を育てる事にもなる・・・心せよ」

その場にいた皆が座り龍一郎に平伏した。


次の日の朝、龍一郎から新たな命が下された。

里では常に竹刀を携帯し隙のある者に打ちかかって良し、とするものだった。

但し、食事処への竹刀持ち込みは許されたが打ち込みは禁じられた。

今一つは全員に豆がくばられ、誰にであれ仙花を放つ事が許された。

これは場所を選ばず、食事処、寝床でも良しとされた。

「豆の補充は良いのですか」

「納屋と台所に用意して置く、好きに補うが良い」

佐助の問いに龍一郎が答えた。


竹刀で打たれた者、仙花を喰らった者は所属する組の頭に告げる事を決まりとした。

組頭は竹刀で打った者、打たれた者、仙花を当てた者、当てられた者の名を記録した。

無論、この報告の刻も例外では無かった。

最初に告げに行った者は組頭に竹刀で打たれた。

次に告げに行った者は組頭の竹刀を避け反撃した。

無論、報告する刻を狙って四方から仙花の豆が飛んで来た。


この朝一の山の登り降りの刻が西洋時計で常より二分余り余計に掛かった。

竹刀での叩き合いと仙花の放ち合いが頻繁に在った為である。

無論、龍一郎と佐紀に刻の遅れなど無かった。


又、その日の夜の鍛錬から戻った者達に痛みを堪えている者が多くいた。

それぞれの組の経路に龍一郎と佐紀による罠が仕掛けられていたからである。

先端を丸くした弓矢で胸を射られた者が多数、小さな石礫を身体の至る処に喰らった者、縄に足を捕られ転んだ者、落とし穴に嵌り泥だらけになった者、二人により様々な仕掛けが作られていた。

三郎太、誠一郎、舞達の江戸組も例外では無かった。

お有と舞と平四郎は泥だらけで誠一郎は若干足を引きずっていた。

この夜、龍一郎と佐紀から言葉は無く、皆の「ありがとう御座いました」の言葉が二人を宿舎へ見送った。


次第に夜の鍛錬に参する者が増え三つの組では応ずる事が出来なくなっていた。

そこで三人の新参者を除く江戸組の者達が全員、組頭となった。

夜道で組が鉢合わせした刻は敵と見なし静かな交戦となる事もしばしばあった。

龍一郎は組を赤と青に分け遭遇した刻の交戦と共闘を学ばせた。

この夜の鍛錬を聞きつけた山裾に住む様になっていた者も参する様になり、夜の山は静かな賑わいを見せて行った。


-----<参考>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

改過自新 ー カイカジシン

自分の過ちを改めて、新たに再出発すること。過ちを改めて心を入れかえること。▽「改過」は過ちを改めること。「自新」は自分で態度や心などを一新する意。「過あやまちを改あらため自みずから新あらたにす」と訓読する。

<参考> ----- 三省堂 新明解四字熟語辞典

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