第206話 養老の里

勿論、最初に鍛錬の場・養老に着いたのは龍一郎と佐紀であった。

統領・甚八の配下の中には山裾の村に住む者もいた。

その者達は鍛冶屋、瀬戸物屋、医師、鍼灸師など、此れまでに村に無い商いを営んでいた。

荒物屋は村に一軒あったので山の者はお店を開かなかった。


山の建屋では若者たちが寝泊りし鍛錬に明け暮れていた。

二十名づつが組を作り七つの組があった。

その内、三つの組が役目を与えられ交代で江戸の屋敷へ行っていた。

残りの四つの組が若輩でまだまだ未熟であり修行の身であった。


龍一郎と佐紀は里の人々の日常を見て回り技量の上達に繋がる事柄が無いかと探した。

里に誠一郎と舞がやって来た、だが見張りは気付かなかった。

正平と妻・お美津はお花を連れており、お花の気配で見張りに気付かれ山の中腹から歩いて広場に入って来た。

平四郎とお峰は座敷で茶を飲んでいる処を里の者が見つけた、無論、見張りには気付掛けて居なかった。

新参者三人、お雪、双角、慈恩を連れた三郎太、お有、平太は気配も消さずに山を登り広場に辿り着いた。

広場の回りには住人たちの家が立ち並び修行を始めた頃とは風景が変わっていた。

当初から在った地下蔵の上の建屋は村の集会所として使われていた。

富三郎が武器を作っていた建屋は武器庫と武器の製作所に使われていた。

甚八が皆を迎え集会所へと案内し平四郎とお峰が既に着いている事を知った。

「此度はお頭と御妻女は来られぬのですか」

「いや、来るはずじゃがな・・・我らに遅れを取るはずは御座らぬ」

その途端に龍一郎と佐紀の指定席に二人がしっかりと座って現れた。

「陣八殿、見張りが見張りの用を成しては居らぬ」

甚八を始め居合わせた里の者達が龍一郎と佐紀に土下座して詫びた。

「申し訳も御座いませぬ、まだまだで御座います」

「皆から申す事は無いか」

龍一郎が本日、到着した者達に尋ねた。

「見張りの甘さ以外に今の処は御座いませぬ」

皆を見渡した後、平四郎が代表する様に言った。

「お雪、其方、何か言いたそうじゃな」

「・・・はい、宜しいでしょうか・・・」

「許す、何なりと申せ」

「はい、見張りの者の居場所が平凡過ぎます、あそこかな、ここかな、と思う処に居りました」

「龍一郎様、この娘は・・・他の二人は???」

「紹介がまだであったな、其方ら自らが言うてみよ」

三人が見合い大きな順からに決まった様に双角から始めた。

「某は宝蔵院槍術家・双角と申す、お久殿の弟子に御座る、故に元槍術家で御座る」

「愚僧は宍戸慈恩 (じおん)と申す、一心流鎖鎌術を嗜みました、愚僧はお高殿の弟子で御座います」

「私はお雪と申します、百姓の娘です、師匠はお佐紀様です」

「百姓の娘ですと・・・お佐紀様、この娘、何時から修行を、修行を初めていか程になりましょうか」

「甚八殿、まだ、初めては居りませぬ」

「まさか、修行も初めておらぬ百姓の娘が見張りの者たちを・・・本に見破ったのでしょうか」

「お雪、言うてみなされ」

「山の入り口右の岩場、村の鍛冶屋の手伝い、坂の途中の積んであった草陰でいかがでしょう」

「・・・儂が指図した処じゃ・・・鍛冶屋の弟子を何故に手伝いと申したのかな」

「師匠の技を盗む気配が感じられませんでした、弟子は師匠から教わるのでは無く盗むものと聞いております」

「う~む、本に百姓娘で御座いますか、とてもそうは思えませぬ」

「私も少し驚いています、お雪にこれ程の才があろうとは・・・我が亭主・旦那様は御存じの様ですが」

「道場の書庫から本を出して読んでおったでな」

「その様な事が・・・雪、何冊よみましたかな」

「お佐紀様に字を習いましてから少しづつですが・・・漢字が難しくて難渋して居ります」

「其方には武術だけでは無うて学問も嗜んでもらいましょう」

「お佐紀様、そのおりには我々もお願い申します」

甚八も学問を習いたいと願った。

「旦那様、いかが致しましょう」

「伸びようとする者の頭を打っては成らぬ」

「畏まりました、参する者は明朝より四半刻早く此処にお出で成され」

「ははぁ、ありがとう御座いまする」

「他に気付いた者はおるか」

龍一郎が再度見渡した。

「居らぬようじゃな、ならば、佐紀、申してみよ」

「其方達が以前住んでいた伊賀・甲賀に比べれば、この里は安らぐ場であるでしょう、ですが、武術を継承する者には安らぎは怠惰に繋がりましょう、現に山裾の村に住む者達には気配を探る結界が既にありませぬ、この里に住む者達の結界も以前よりも小さく弱いものになっています、故に、平四郎殿、お峰殿に入られ、修行前の雪にまで悟られています、行く末は警護のお役御免が待っております」

お佐紀の優しくも厳しい現実の指摘に皆が言葉を無くし項垂れて仕舞った。

「新参者三名の宿坊を決めた後、西洋時計で十分後に山走りを致す、解散じゃ」

新参者三名を除いた江戸から来た者たち以外が即座に小屋を飛び出して行った。

「変わった事は有ったかな」

「道中、胡乱な輩に襲われそうになりましたが、後は何事も無く」

三郎太が事も無げに告げた。

「平太、雪の歩みはどうであった」

「それが大きな双角さんと慈恩さんよりも健脚でした、真に恐れいりました」

「まだまだ幼い、最初故に気負っておるのじゃ、おりを見てゆるりとと申しておけ、思わぬ怪我をするでな」

「はい」

「正平、お美津、おさおさ怠りは無いであろうな」

「はい、ご安心下さい」

「良し、初日、二日と辛いがそれを過ぎれば・・・まぁ其方らには余計な事であったな」

「旦那様、そろそろ参りましょう」

皆が立ち上がり龍一郎を先頭に広場へと歩いて行った。

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