第205話 山修行へ
<山修行へ>-----#205
何時もの様に組毎に山・養老の里へ向かった。
平四郎とお峰、正平と妻のお美津、誠一郎と舞、お花、そして龍一郎とお佐紀の組である。
小兵衛とお久は道場、清吉とお駒は船宿・駒清、お高と亭主の板長は料亭・揚羽、富三郎夫婦は橘の屋敷の張り番として残った。
今回は見張りだけでは無く丘の屋敷の見積りと言う役目もあった。
今回は初めて山修行に参する者が三人いた。
槍術家の双角、鎖鎌の慈恩そしてお雪である。
江戸柳生と尾張柳生の二人は基礎の体力も技量も足りず今回は見合わせる事とした。
三人には同行者がいて、前後を挟む様に歩いていた。
前を平太、後ろに三郎太とお有が歩いていた。
双角と慈恩は驚いていた。
小さなお雪の余りにも早い歩みと持続力にである。
「お雪殿、疲れはせぬのか、足は痛くは無いのか」
「疲れたならば、足が痛いならば、某が背負って差し上げる」
「足は痛くありませぬし、疲れてもいませぬ、もう少し早く致しましょう」
お雪はそう言うと「ざぁ、ざぁ」と歩き出し、先を歩く平太に近づいて行った。
お雪が後ろに近づくと振り向きもせずに平太が聞いた。
「お雪殿、疲れはせぬのか、足は痛くは無いのか」
「慈恩様と同じ事を聞くのですね、私も同じ答えを致します。
足は痛くありませぬし、疲れてもいませぬ、もう少し早く致しましょう」
平太とお雪、慈恩と双角、三郎太とお有の三組となって山を目指し歩き続けた。
「お雪殿、少し歩みを遅くして下さい」
「どうしたのですか、足が痛いのですか、お疲れですか」
「違います、そのまま前を向いて歩みを遅くして下さい、前後に怪しげな者達がおります」
お雪は慌てる風も無く平太の指図通りに歩みを少し落し、双角と慈恩、三郎太とお有が近づき易くした。
「お雪殿、双角殿、慈恩殿、我ら三人は一旦消える、奴らを倒して参る故に暫し待たれよ」
三郎太がそう言うと三人が本当に消えて仕舞った。
残された三人も驚いたが前後の浪人たちと渡世人たちも驚き回りを見渡した。
その途端に全員が当身を喰らい道端に倒れ込み帯でしっかりと後ろ手に縛られていた。
「さて、行きましょうか」
面食らって戸惑う三人を急き立てる様に三組に戻り歩み出した。
お雪は平太をまじまじと見つめ、双角と慈恩は時々振り向いて三郎太とお峰を見つめた。
「平太様、お強いのですね、後ろのお二人もお強いのですね」
「私達が強いのではありません、あの者達が弱過ぎたのです」
「幾ら弱くても十人も居たのですよ、十人」
「弱ければ何人居ても同じですよ」
双角と慈恩も先程の話をしていた。
「儂には三人が消えた様に見えたが其方はどうか???」
「某にも消えた様に見えた、此れから行く処で修行致せば我らも成れるのであろうか」
「成れる・・・が鍛錬は並大抵の事ではあるまい」
「足と手に着けた重しも鍛錬の一部ぶあろう」
「幼いお雪殿には重しはあるまいな」
「いいや、残念ながらお雪殿は我らよりも重しは多いのだ」
「何と、それで痛みも疲れも要らぬと申すか、化け物じゃのぉ」
「それが佐紀殿が見染めた才覚であろう」
「我らの此れまでの修行・鍛錬は何であったのか・・・」
「某は考えを変え申したも此れまでの修行はこの組織に入るまだで下準備と思う事にした、此れからが儂の本物の修行じゃ」
「・・・成程、儂もそう考える事に致す、儂は厳しい修行を成したつもりであったが自己満足であったらしい」
「しかし、あのお雪と言う娘、凄い娘じゃ、我らもうかうかしては居れぬぞ」
「百姓の娘と言うたが足腰の鍛え方が違う様じゃな、此のままでは差を着けられるわ」
「案ずる事など無い」
後ろから三郎太が二人に声を掛けた。
「と、申しますと・・・」
「聞いたやも知れぬが先の試合で勝者となった龍一郎様の奥方・佐紀様は町屋の娘であったのだ、数年前までは太刀、木刀は無論の事、竹刀さえも握った事など無かった御仁であったのだぞ」
「本当に、本当にで御座いますか」
「あぁ、本当だ、その方が幼き頃より剣術に馴染んだ儂も相手にも成らぬ」
「貴方がそれ程の背丈の貴方が・・・御冗談を」
「冗談や嘘では無い、儂などは稚児扱いじゃ、其方らなら佐紀様は片手で良いであろうな」
「其れこそ御冗談を弟子の一人には破れましたが片手などで負けはせぬ」
「お有殿、どう思われるな」
三郎太が横を歩くお有に尋ねた。
「私も幼き頃より小太刀を少々嗜んで居りましたが私など稚児以下で御座います」
「信じられぬ様なれば山にて立ち合いを願う事だな」
「応じて頂けましょうか」
「丁寧にお頼み申せば受けて下さろう」
三郎太はお佐紀に頼む様に勧めた。
四人の話は先を歩く平太とお雪にも聞こえていた。
「私の師匠殿は先の試合の勝者ですよね、強いのは解りますが後ろの二人の大男に片手では無理ですよね」
お雪が平太に小声で尋ねた。
「出来ますよ、片手どころか指一本で十分でしょう」
「まぁ~、指一本で・・・それ程に私のお師匠様はお強いので御座いますか」
「私の見る処では我々の中で龍一郎様の次に強いお方でしょう」
「・・・」
お雪は心に決めていた、お佐紀様に付き従い強くなろうと。
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