第204話 丘屋敷の計らい

道場での早朝の庭での鍛錬の後、清吉とお駒から昨夜の報告を皆が受けた。

朝餉の野菜鍋を突きながらの報告であった。

「人は皆、常は善人であっても悪に惑う事があるのじゃなぁ~」

小兵衛が皆の心の内を代表する様に語った。

「気付き改め、清く本日来ると言う・・・根は善人なのでしょうな」

「笑える話と思うたが笑えぬな、我らとて龍一郎様に合うて居らねば・・・」

平四郎が自らの今とは違う未来を想像した。


小兵衛とお久は隣屋敷の鍵の引き渡しに出向いた。

待ち受けていた士分一人が詰所への同道を願った。

其処には拝礼した三人が待ち受け出迎えた士分の一人も拝礼に加わった。

「我らにお話ししたき事が御座います、お聞き下さい」

「その要は無い、この詰所の並びにお長屋がある、其方らにその気があるならば家族共々住むが良い」

四人はぽか~んとした顔で小兵衛とお久を見上げた。

二人は立ち去ろうと後ろを向いて去り際に言った。

「誰も居らぬ様でも天が見ております・・・物を持ち去るなど二度と考えぬ事です」

お久の言葉に四人は固まり二人が四人の行いを知っている事を理解し、それでも許してくれたとも理解した。

四人は恐怖と共に畏敬の念が心に沸き起こる事を止められなかった。

「儂は此処に住む」

「儂も何としても此処に住む」

「儂も女房が反対しようとも説得する」

「儂もじゃ」

「橘の道場が皆強い訳じゃなぁ~」


朝餉の刻に清吉から船宿の改築の大工の事を聞いた。

「棟梁は三代目・作衛門様で御座います、東照権現様の改築も任される程の名工で御座いますよ」

「よくもその様な名工に船宿の改築など頼めたものじゃな」

「親父の代からの付き合いでして、あっしの役目でちょっとした手伝いをした事も御座いましてね、大工がどうかしましたので???」

「その棟梁は武家屋敷を築けるかのぉ~」

「築けるも何も本職は寺社仏閣と武家屋敷でさぁ」

「おぉ、それは何よりじゃ」

「隣屋敷の改築をなさいますか」

「そうでは無い、昨日見に行った板橋の雑木林に武家屋敷をとな・・・」

小兵衛、三郎太、お有、平太らが雑木林の広大な風景や丘について熱く語った。

「えぇ~、じゃまるまる更地から始めますので???」

「そうじゃ、その棟梁には願えぬかのぉ~」

「とんでも在りません、願ったり叶ったりで御座いましょう、と言うのも棟梁の願いなのですよ、近年と言うかここ何十年も倹約、倹約で武家屋敷の新築など珍しいのだそうです、棟梁の今一番の願いは土台、更地からの武家屋敷作りで御座いますよ、この話を持って行けば二つ返事で工賃など要らぬと言うかも知れませんぜ」

「おぉ、それは良い事を聞いた、屋敷の絵図面は富さんが描く事になっておるが、その棟梁はどうも絵図面も描きたいようじゃのぉ~」

「はい、多分にそう申す事でしょう」

「富さんは此度の山修行には参ぜぬ、早急に棟梁と富さんを合わせる要がありそうじゃのぉ~」

「そう言う事情でしたなら・・・お駒、此度の山修行は正平夫婦を行かせよう、我らは残念だが留守番じゃ、正平らの子達を孫と思うてな」

「あいよ、お前さん、家でだって鍛錬は出来るさね」

「俺っちは富三郎さんと棟梁の繋ぎだ」

「良いのか、清吉、お駒・・・済まぬな」

「丘の鍛錬所が出来れば言う事無し、だが、山修行組のレンガ作りも大変そうだ~」

「そうよのう~、少なく見積もっても二十万個は要ろうな」

「二十万個・・・大変な数ですなぁ~、あぁ、処で屋敷の金子はいか程の物を棟梁に頼みますので」

「いか程でも、五千両でも一万でもお好きに」

龍一郎が法外な金額を言った。

「一万両・・・本当ですかい、本当なら棟梁が飛び跳ねて喜びますぜ」

「構わぬ」

「承知しました」

「隣屋敷も気になりますが、此れから直ぐに棟梁の処へ参ります」

「願おう、棟梁が受けてくれるならば、富三郎殿との面談を早めにの」

「畏まりました、絶対に受けますって、他の仕事を打ち捨てても受けますよ、では」

町屋へ出掛けるので清吉とお駒は船宿の女将と亭主の姿でゆったりと歩いて行った。

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