第203話 隣屋敷の詰所

道場の隣屋敷を見張る役目を任された清吉とお駒の二人は詰所の軒先の暗闇に潜んでいた。

「清吉殿、ご苦労であった」

清吉とお駒のすぐ後ろで龍一郎の声が呼びかけた。

二人は驚く様子も無く振り向きもせずに極極小声で応えた。

「母屋の金目の物を漁って居ります、納屋の冬物の衣服に紛れて運び出すつもりの様で御座いますよ」

「考えたものよのぉ、で何時かな」

「はい、今宵四つにと申して居りました」

「其れまでに、ガラクタと変えて置く事は可能かな」

「お安い御用ですよ、なぁお駒」

「面白そうね、開けた時の驚きと落胆の様子が見れないのは残念だけど」

「では、お願いしよう、本物は道場の蔵にお願いしよう、それと道場で清吉殿に尋ねたい事があり申す、良しなに願いたい」

「合点です」

清吉が応えた刻には龍一郎の姿は無かった。

「あの方の考えに抜かりは無いのかねぇ~」

「此れまでにそんな事が在ったかい???」

「・・・無いねぇ~、お前さん」

「た゜ろう~」

龍一郎が道場におれば隣屋敷は龍一郎の気配の結界の中に在り、異常があれば龍一郎に解ると知っていたので二人は心置きなく見張りを解く事に躊躇しなかった。

二人は見張り所から消え納屋の中に入り見張り番達が集めた値打ち物を他の物に変えた。

一回では済まず、誠一郎、舞、平四郎、お峰を連れだって納屋の値打ち物の全てを価値の無い物に変えた。

他に母屋などを見て回り値打ち物で持ち出しそうな物を全て道場へと移して行った。

見張り番達は無くなったからと言って訴える事が出来ず、逆に盗んだと思われる事を恐れた。


その夜、清吉とお駒は四つ(22時)から隣屋敷を見張っていた。

道場の皆は値打ち物は取り替えたのだから見張る要は無い、と言ったが二人は譲らなかった。

「以前から運び出しておったかも知れませぬ、確かめとう御座います」

「成程のぉ、確かに一理あるわい、どうじゃ儂は良いと思うがのう」

龍一郎から耳打ちされた佐紀が応えた。

「良いでしょう・・・但し、清吉殿、お駒殿、見張り役の者たちの偽物を掴まされた悔しさの醜態を仔細に後で知らせて下され、との龍一郎様のお言葉で御座います」

「なんだ、二人は見張り役の悔しさを見たいだけであったか」

「・・・龍一郎様は誤魔化せませぬな、さぞや悔しがる事で御座いましょう、こうご期待下さい」

清吉とお駒が見張りに向かった。


予定通りに見張り役は四つ半に行動を開始し少し離れた廃寺に荷物を運んだ。

「何じゃ~、これは何も無いぞ、他も調べろ」

「中身が違うぞ、貴様ら・・・誰だ、誰が変えた、誰が裏切った」

「俺は知らん、第一俺が変えたなら、此処には居らんじゃろ」

「皆居る・・・誰だ、誰じゃ・・・」

「こんな古着では大した銭にはならん、どうする又戻るか???」

「くそ~、あんな屋敷は燃やして仕舞え」

「馬鹿を言え、火付けは大罪じゃ死罪じゃぞ、儂はいやじゃ」

「諦めるしかないか」

「ないなぁ~」

「元々、悪さを考えた事が間違いだ、そう思わんか、これは天の思し召しじゃ」

「そうじゃのぉ~、なまんだぶつ、なんまいだ」

「儂は家に帰る、ではな」

「貴様、本当に帰るのか、抜け駆けするのでは無いのか」

「馬鹿を言うな、もう諦めた、儂には悪さは似合わん地道に生きる、貧しくとも良い」

「そうじゃな、慣れぬ悪さはするものでは無いな」

「貧しくても女房と子が要れば良い・・・満足しよう」

「明朝の引継ぎはどうする???」

「行ける訳があるまい」

「・・・儂は行く・・・責めがあるのなら仕方なし清く受ける・・・魔が差した罰じゃ」

「・・・そうじゃな、儂も行こう、罰じゃ」

「そうじゃな、新たな当主は隣の橘の館長じゃからな、逃げても無駄じゃな、儂も行こう」

「儂の悪工みで女房にまで迷惑を掛ける事が気掛かりと言えば気掛かり・・・仕方無い、詫びるか」

「儂らは遠島、女房と子は処払いだな」

「そうか処払いか・・・里に帰る事になるか」

「思えば大それた事をしたものだのぉ~」

士分二人と町人二人の四人は夜道を項垂れて我が家へと帰って行った。


天井の暗闇で見ていた清吉、お駒は満足げに「にやり」と微笑み合った。

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