第202話 江戸の鍛錬所 丘
突然、雑木林の麓に龍之介の気配が現れ、雑木林の各所の見分ょしていた皆が麓に集まって来た。
「龍一郎、恙無く目通りが出来たであろうな、息災であったか」
「はい、父上」
「龍之介との再会を御悦びであったろう」
「はい、事の外」
「儂は幸せ者じゃ、何時も龍之介と一緒じゃに寄ってな」
「本に幸せ者で御座います、お前様」
小兵衛とお久が己の境遇に感謝した。
「富三郎、宿舎、蔵の場所を決めたかな」
龍一郎が早速、今回の要件に話柄を転じた。
「はい、・・・」
富三郎が己の考えを仔細に述べた。
「うむ、正面の武家屋敷、流石は富三郎じゃ、良き考えじゃ、正面詰所には甚八殿の配下の者達に願おう」
「員数は十名と見込んで居りますが如何でしょう」
「良かろう、裏の詰めは五名が良かろう、富さん、蔵のレンガは如何致すつもりじゃ、外れとは言え府内では焼き物は出来まい」
「はい、窯を作る手間も掛かりますし、レンガの基となる土も見つかりませんでした、山で作り運ぶしか御座いませぬ」
「幾つ運ぶ必要があるかな」
「はい、十万個を予定して居ります、三十尺(約10m=33尺)、六十尺で高さも三十尺で如何でしょう、余りは竈(カマド)など作ります」
「富三郎、其れでは足るまい、二十万個と致せ、此れを目指し先が見えた刻に止めれば良い」
「ありがとう御座います、心強いお言葉に感謝致します」
「我らもレンガ作りの手伝いはできよう、のぉ~龍一郎」
「はい、父上、富さん、丘の隣に穴を谷を作らぬか、さすれば丘が山になろう」
「それは良き考えかと存じます、出た土を丘に積めば更に山が高うなりましょう」
「うむ、それは良いが余り高うすると林の外から見える様になる・・・気を付ける様にの」
「はい、気を付けます」
「表の屋敷と裏の蔵の上の建屋を如何するつもりじゃ」
「裏の建屋は蔵が出来た後ですので人手は足りると思われますが・・・」
「・・・であろうな、表の小大名か大身旗本の屋敷は江戸の大工に願うのはどうじゃ」
「我々の仲間以外の者を敷地に入れても良いのでしょうか」
「私は市中の大工に願えば武家屋敷との噂が広まり易うなると思います、橘道場、橘家の別邸と噂が広まるのも一つの手と思いますが如何???」
「儂の別邸か・・・それも良いのぉ~、で、大工の当てはあるのか龍一郎」
「私が知る大工は遠方で御座いまして・・・清吉殿の船宿を改築した大工では如何でしょうか」
「船宿と武家屋敷は違うでな、が清吉を通して尋ねてみるかのぉ~」
「富三郎殿、其方、裏の建屋の絵図面は書けようが、武家屋敷の絵図面が書けるかな」
「私が知る武家屋敷は橘の屋敷だけで御座います、失礼では御座いますが、こちらの屋敷は些か大きな物となりましょう、私にはその知恵が御座いませぬ、残念ですが」
「そうか、まぁ儂は御家人じゃからのぉ~、屋敷と言える物では無いわ、さてどうしたものか」
「清吉さんの知り合いの大工に尋ねるしかないでしょう」
三郎太が留めを打つ様に締めくくった。
「裏の建屋と穴倉の絵図面は早急に仕上げて見せに上がります」
「よろしくお願いします、皆にも言うておく、この事に関し銭の心配は無用、例え一万両でも用意致しましょう」
「ほ~らね、私の言った通りでしょ」
舞が我が事の様に誇らしげに宣った。
「龍一郎、其方の金主は誰なのだ、何処かの大店が付いておるのか・・・加賀屋と能登屋か」
「確かに、その二つの店とは繋がりが無い訳ではありません、ですが金主ではありません、銭は全て私が用立てます」
「前田家からでも無いと言う事か」
「はい、違います、私個人の銭です」
「龍一郎様は不思議な方ですね、三郎太様」
「お有様、私が初めてお会いした刻から、ずっと不思議な方です」
「私もそう思う、私ら兄弟も初めて会うた刻も不思議な人だなぁ~が残ったわ」
「そう言われれば私も初めてお会いした刻の言葉が許嫁でしたから不思議と言えば不思議」
龍一郎を一番知るはずの佐紀までも龍一郎を不思議と言った。
皆が龍一郎を見つめた。
当の龍一郎が皆を不思議そうな顔で見回した。
「私は皆に手妻を使ったつもりは無い、私の何が不思議なのじゃな」
「本人は解らないものなのじゃな、やはり不思議な男よのぉ~、大大名の嫡男とはのぉ~」
「戦国の世の信長様、秀吉様、神君家康様もきっと、男(オノコ)が惚れる不思議な人だったのでは無いかしら」
「そうかも知れませんね、母上」
「女子衆の見方は格別じゃのぉ、が当たっておるやも知れぬて・・・龍一郎がもう少し前に生まれておればな~」
「私は今で良かったと思っています・・・平和な徳川の御世が・・・三日後に山修行を始めたい、富三郎殿は絵図面を仕上げる事が一番の大事、故に江戸に残って貰います、清吉殿に大工を紹介して貰い表の武家屋敷の依頼をせねば成りませぬ、父上に願えますか、三郎太殿に願いますか」
「解った、受けよう」
「大工との折衝は富三郎殿に願います、絵図面が出来たなら部材の制作を大工に願えば工期が縮まろう、裏の建屋、穴倉は勿論の事、表の屋敷も其方に全て任せる、銭はいか程掛かろうが気に致すな、良いな、富三郎」
「ははぁ~、畏まりまして御座います」
富三郎は龍一郎の全幅の信頼に地面に平伏して応えた。
「府中に残る道場、船宿・駒清、料亭・揚羽の守番の者たちと協同して事に当たれ、富三郎・・・我ら山修行組は鍛錬に合間にレンガを作る事になろう、儂が富三郎の技は全て把握しておる、明後日までに心置きなく鍛錬出来る様に始末をして置け、では、山で会おうぞ」
龍一郎がそう言うと佐紀、龍之介と共に姿がかき消えた。
「統領じゃ、あれが龍一郎の本来の姿じゃ、良し皆の者、富さんには済まぬが久し振りの山修行じゃ、心置きなく出来る様にしようぞ」
「爺、龍一郎様の言うた事と同じじゃぞ」
「まぁそう言うな、さて道場の守番は平四郎か、三郎太か、どちらにお願いしようかのぉ~」
「今回の山修行は只の修行ではありませぬ、レンガ作りが主眼で御座います・・・レンガ作りが出来ぬ者が守番であるべきかと存じまする」
「左様」
三郎太の言葉に平四郎が同調した。
「其方ら儂に守番をせよ、と申すか・・・うむ、反論出来ぬ、儂の道場でもあるしのぉ~、お久、此度は我らは守番じゃぞ」
「私はそのつもりでおりましたが、最も私はケンガ作りには自信が御座いますが」
「何、儂の不器用のせいか、これは困った・・・で、船宿と料亭は誰が守番じゃな」
「船宿の正平は暫く山修行をしておりませぬし、此度は清吉さんに大工の手配が御座います」
「船宿の守番は清吉夫婦かのぉ~、揚羽亭は誰が守番じゃ」
「前回はお高さんでしたので此度はお花でしょうが、お雪の事を思えばお花が山修行に同道した方が良いとも思われます、お店を任せる次が育っておらぬ事がいかぬ、板長は特にですな」
「そうよなぁ~、お高の亭主の板長は一度、二度で期間も短いでな、何とか成らぬものかのぉ~」
「人選はお高さんに任せましょう」
「そうしようかのぉ~、誠一郎、其方の父上はどうじゃ、幕府重鎮方はどうか」
「長の不在は無理かと存じますし、まだまだ力不足、皆の足手まといとなりましょう」
「この丘が出来たなら鍛錬してもらおうか、他に検案はあるかな・・・良しでは今日はごれで解散じゃ」
小兵衛の言葉が終わった瞬間に一人を除いて皆の姿が欠き消えた。
残されたお雪はとぼとぼと道場への帰途に着いた、無論、平太の影護衛が付いていた事は言うまでも無い。
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