第200話 雑木林

<雑木林>-----#200

小兵衛、久、龍一郎、佐紀、誠一郎、舞、三郎太、有、平太、雪、花から名を変えた揚羽ともう一人は加賀藩前田家裏の塀に囲まれた雑木林へ入った。

「外れとは言え江戸にこの様な雑木林があるとはのぉ~」

「私は下屋敷を調べに来た刻に見回っております、調べに寄れば当初下屋敷は六万坪ほどだったそうで御座いますが、今では二十万坪近いとの事です、ですがこの雑木林の敷地はその倍以上御座います」

「何~、四十万坪あると言うのか~、三郎太」

「はい、館長」

「広いのぉ~・・・龍一郎、どうするのじゃ、何に使うのじゃ」

「はい、決めております・・・誰か解る者は居るかな、佐紀には解るな」

「見渡せぬこの広さ使うは一つしか御座いますまい、鍛錬の場で御座ろう」

「鍛錬の場に相違御座いませぬか、お佐紀様」

「舞、誠一郎様の申される通りと私も思いますよ、お山は近場とは申せ一刻半、二刻、未熟なれば半日は掛かります、此処なれば我らならば四半刻、未熟者でも二刻も有れば着くでしょう・・・見かけの建屋、その地下に真の建屋と武器蔵では如何でしょうか、旦那様」

「見事じゃ、佐紀」

「そうか、成程のぉ~鍛錬の場のぉ~穴を掘り建屋も建てるか、そうなると富三郎にまた一働きして貰わぬば成まいのぉ~」

「はい、父上、ですが我らも前回で腕を上げております、以前よりは刻は要らぬと存じます」

「して、その建屋は何処になるかな」

「ご案内致しましょう、三郎太、林の奥に小高い丘があろう、皆を案内致せ、その後は敷地の見物をな、私と佐紀は爺、婆に孫の顔見せじゃ」

そう、もう一人は龍一郎と佐紀の息子・龍之介であった。

佐紀と赤子を背負った龍一郎が消え、後には赤子の「キャキャ」と喜ぶ笑い声が響いていた。


「平太、富三郎を呼んで参れ、お雪を連れて二人はそのまま屋敷の警護と子守に残れ、良いな」

「お雪ちゃんを連れてで御座いますか」

「そうじゃ、早歩き、人に紛れる方、道の選び方、人の見分けなどの教授も併せてな、屋敷の庭での剣術の教授も忘れるで無いぞ、良いな」

「へい、親方、行くぞお雪ちゃん」

「親方では無い、館長と言え、館長と」

小兵衛が小言を言った刻には二人の姿は遠くに在った。

「あのお雪と言う娘、素養は底が知れぬ、三郎太、案内を頼む」

三郎太が先導して林の中に皆で入って行った。

苔が生す(ムス)程に暗闇もある雑木林を奥へ進むと突然目の前が開け三十尺(約10m=33尺)を超えると思える岩山が現れた。

森が深い為、この高さの岩山があるなど敷地の外からは想像も出来なかった。

「以外に大きな岩じゃな」

「岩と言うべきでしょうか、山でしょうか、丘でしょうか」

「向こうが本家の山でじゃからして、こちらは丘と呼ぶ事にしようか」

小兵衛の一言でこちらを丘と呼ぶ事に決まった。

「館長、この丘の周りに住まいと穴倉を作る事になりますか」

「そうじゃろうのぉ~、皆で回りを見てみるか」

皆が思い思いに丘の周りを見て回った。

「何処にするかは建物で決めるよりも穴倉の場所でしょうな~、となると富三郎殿待ちと言う事ですかな」

「その様じゃのぉ~、じゃが決めるのは富三郎として我らもここはと言う処を探そうでは無いか」

「そう致しましょう」

富三郎を待つ間に丘の周りを回り建屋に適した場所を探す者、穴倉を作るのに適した場所を探す者、丘に登って周りを眺める者、敷地のあちらこちらを探る者とばらばらに探索を始めた。

無論、皆は気配を消しているので敷地外からは、どの様な剣の達人でも人がいるなどと伺いしる事は出来なかった・・・龍一郎、佐紀を除いてではあるが。


半刻程して正門に一瞬、富三郎の気配がした。

それに呼応する様に三郎太も一瞬、己の気配を解き放った。

暫くすると丘の麓に富三郎が現れた、女房も一緒で在った。

又も富三郎が気配を一瞬解き放つと周りに皆が集まって来た。

「富三郎、久しいのぉ~元気であったか、子らに変わりは無いか」

「御隠居様、お久しゅう御座います、子らはお陰様で元気に育っております」

久し振りに合う者たちが挨拶を交わした。


富三郎はまず丘の上に上り周りを見渡した。

次に丘の周りを歩き所々で土を手に取った。

富三郎は地面に座り考え込み暫くして立ち上がった。

「どうじゃ富さんや、決めたかな」

「はい、決まりました、便宜上入って来た門を正面、表と呼びます・・・丘を挟んだ裏に鍛錬用の建屋と穴倉を作りたいと思います、もう一つ正面の林から一丁手前にも建てます、こちらは武家の屋敷にします、町屋の隠居の住まいの様にしますと盗賊どもの狙い眼となりましょう、武家屋敷にすれば少しは抑えられるでしょう、更に皆様が帯刀していても不思議では無くなります、こちらは屋敷ですが十名程の守番用の宿舎になります。

裏の建屋は蔵の外観とします、地下には蔵を作ります、こちらは鍛錬の為に訪れた者たちの宿舎と武器庫となります・・・如何でしょうか、皆様」

「良い案じゃ・・・じゃが武家の屋敷となると幕府への届けが必要となろう」

「届け出の無い武家屋敷など幾つある事やら気にする事はありませぬ、第一、我らには加納様も大岡様も居られます、幕府の要人方も鍛錬に訪れるのでは無いのですか」

「それは解らぬ、建屋も穴倉も龍一郎の判断を待とうかのぉ~」

「では、もう暫く見て回わりましょう」

「そうじゃのぉ~、おぉ~大事な事を忘れておった、屋敷も蔵も鍛錬の宿泊所も銭が要ろう、銭はどうするのじゃ」

「そうですね~、武家屋敷だけでも三千両は、安くしても掛かりましょうな」

「さてさて如何いたしましょうね」

「・・・」

「大丈夫でしょ、爺、龍一郎様が何とかしてくれるわ」

「幾ら龍一郎様でも銭の事はどうかな」

舞の楽天的な言葉に誠一郎が疑問を投げかけた。

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