第199話 若女将 揚羽
「お花、ひとっ走りして広間に皆の昼餉を用意させておくれ」
屋敷見分が終りに近づいた頃、お高が皆の昼餉は家の料亭へと言い皆を誘ったのだ。
「龍一郎様、如何でしょうか、暫くお見えになっておりません」
「お高殿、龍一郎の許しがまだでは無いか」
「許しも何ももうどうしようもありませぬね、父上」
龍一郎に変わって佐紀が許しを与えた。
「では、ぼちぼち歩いて参りましょうか」
お有の号令で皆がぞろぞろと歩き出した。
平四郎とお峰が正門に近づく頃には皆の姿は無かった。
清吉とお駒はこの屋敷の見張りに残り、平四郎とお峰は隣の道場の奥と稽古場へ向かい、他の者たちは道を変え、前後に間隔を取って集団と成らぬ様に料亭・揚羽亭へと足を進めた。
「龍一郎様、ご無沙汰しております、本日のご利用、真にありがとう御座います」
「お前さん、挨拶は良いから一緒に入りなさいよ」
「おりぁ~料理長だぜ、お客様と一緒できるもんか」
「馬鹿だね~、お前さんは、龍一郎様から御足を取るつもりなのかい」
「そんな事が出来るもんか」
「だろうが、御足を頂くからお客様じゃないか」
「・・・そうか、そうだな、お前の言う通りだ」
「それにね、あんた、私らに役目が少ないのは私らの変わりがお店にいないからなんだって、だから女将も板長も私らの変わりを育てなきゃならないのさ、解った???」
「それでなのか・・・畜生」
「待て、待て、其方らは料亭の女将と板長であろうが、それにしては口が悪いでは無いか」
「あぁ、申し訳も御座いません、私ら二人は幼き頃からの遊び仲間で御座いまして二人の刻には、つい昔の言葉使いに戻ります、お見苦しい処をお見せ致しました」
「申し訳も御座いません」
「父上、仲の良いのは良い事では御座いませぬか」
「そうですよ、お前様」
「仲の良いで気が付きましたが、父上と母上の祝言は為さらないのですか」
「うむ~祝言のぉ~いるかのぉ~」
「要ります、お高さん、手配をお願いできますか」
小兵衛の戸惑いを一蹴した佐紀が婚礼の手配をお高に願った。
「私どもに任せて頂けますか・・・大変光栄ですが、お駒さんも望まれましょう」
「そうですね、では四人で相談して下さい、お任せして宜しいですか」
「はい、お任せ下さい、私どもにも祝い事が御座います」
「祝い事ですか、何で御座いましょう」
「はい、お花を私たち二人の養女に迎えるのです」
「それはそれは目出度い事ですね」
「皆様にお集まり頂きたいと思いますが宜しいでしょうか」
「龍一郎様が山修行を予定されております、故にいずれも、その後となるでしょう、御含み置き下さい」
「畏まりました、お駒様と相談し事に当たります、お任せ下さい」
料亭・揚羽亭にて昼餉を食したのは、小兵衛、お久、龍一郎、お佐紀、三郎太、お峰、平太、お雪、誠一郎、舞の十名だった。
奉行所の与力・同心らと新たに加わった双角と慈恩ら内弟子は忍びの技量不足を理由に道場にての鍛錬となっていた。
「料理はいかがでしたでしょうか、御気に召しましたでしょうか」
「はい、とても美味しく頂きました、府中で評判も頷ける味で御座いますね」
お駒の亭主の板長の問いにお久が皆を代表して答えた。
「それは良う御座いました、ありがとう御座います」
「つかぬ事をお聞きしますがお花さんの養子の件はお店の方たちにはもう知らせたのですか」
「はい、知らせて御座います、既に、里の家族からの承諾も得ております」
「それは良かった、してそのお花の養子縁組の披露の席は刻がいるのですか」
「いえ、内輪の席を、皆様をお招きしてと考えておりましたので四半刻も掛かりませぬ」
「それならば今より行なってはどうですね、いかがかしら」
「おぉそれは良い、それが良い」
お久の案に小兵衛が賛同した。
まぁ~お久に小兵衛が反対する事は無いのではあるが。
座敷の床の間を背にお花を挟んでお駒と亭主の板長が座った。
そして、その横に誠一郎が座っていた、今の誠一郎は奉行所の見届け人としての坂下誠一郎であった。
「本日、皆様もご存じの、このお花を私ども夫婦の養女に致します。
合わせて名を花から揚羽と致します、以後、よろしくお願い致します。」
「うぁ~、揚羽亭の揚羽さん・・・良いわ」
お有が珍しく奇声を上げた。
「うむ、確かに良い、此れで世継ぎが出来た訳じゃな」
「そうね、後は婿さんね」
「その次は孫ですね」
「孫は三人欲しいわねぇ~」
「いやいや、二人、女子と男子の二人が良い」
皆があれやこれやと先の話を広げ当の本人のお花、いや揚羽が呆れて聞いていた。
「爺さん、婆さんは何人欲しいのだな」
「そうですね、私は多ければ多い程嬉しいですね」
「あっしもそうです」
「そんな~、女将さん、早いです、まだ相手も居ないんですから」
「お花、じゃ無かった、揚羽~、女将さんじゃ無いよ、おっかさんと呼びなさい、おっかさんと」
「そんな~、直ぐには変えられません、女将さん」
「まぁ、ぼちぼちで良いから、そんな事より、早く孫の顔を見せておくれね」
「そっちの方が難しいだろう、女将」
小兵衛が女将の無理な要求に突っ込みを入れた。
「揚羽さん・・・揚羽さん・・・揚羽さん」
「あぁ、はい」
お有の呼び掛けに三度目でやっと自分と気が付き返事が返って来た。
「貴方は今日から揚羽亭の揚羽さんです、慣れなければね」
「はい」
「処でじゃ、お高、山へは誰と誰が行くのじゃな」
「はい、小兵衛館長、本日を持ちまして正式に若女将が誕生致しました、ですが亭主・板長の変わりがおりませぬ、故に亭主にはお店に残って頂きます、若女将の後見としての役目もありますので・・・残念ではございますが私だけの参加となります」
「仕方あるまいなぁ~」
「それについてご相談が御座います、聞く処に寄りますと慈恩殿は料理作りの経験が御有りの様です、此度の山から戻ったおりには、私にお預け頂けないでしょうか、板長に料理の技量を見て貰い筋が良ければ、正業として板前に育てたいと思います、如何でしょうか、お許し頂けましょうか」
「儂は構わぬが、龍一郎どうじゃな」
「私は既に答えております、敗者は勝者の家来とな・・・其方は友と申したではないか」
「ありがとう御座います」
「慈恩殿に板前の素養が有ればよいがな」
「龍一郎様はどの様に診られましたか」
「料理人、板前に必要な素養は何かな、お高殿、御亭主殿」
「良く言えば、粘り強さ、細やかな心・・・悪く言えば、諦めの悪さ・・・」
「では慈恩は素養があるな、慈恩が作る料理を食べる日を楽しみにしておる、お高殿」
「ありがとう御座います、龍一郎様、皆様」
「女将、明日にでも町名主に養子縁組の届けをお出し下さい、奉行には話を通しておきます」
養子縁組などと些細な事は奉行が採択する事では無いが誠一郎は父・忠相は聞きたがるだろうと思った。
「ありがとう御座います、誠一郎様、その様に致します」
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