第198話 隣屋敷

その頃、龍一郎一行は道場の隣の屋敷を見物していた。

「後から可成りの手入れをしておるのぉ~」

「大目付め、妾でも住まわすつもりじゃ無かったんですかねぇ~」

「お前さんは又下世話な事を」

小兵衛と清吉が言う処にお駒が小言を言った。

「この様な近場に悪がおったとはな」

「平四郎様、拝領屋敷では御座いませぬ、解るはずも御座いませぬ」

「そうは思うが悔しいでは無いか、お峰殿」

「悪い者たち全てを知る事は無理と存じますが」

「解っておる、解っておるが悔しい、皆は悔しくは無いか」

「儂は悔しいと言うよりも運に恵まれたものよ、と思うたがな」

平四郎の問いに小兵衛が応えた。

「それはそうのだが、何ともな、釈然とせぬ」

「私も釈然としません、何故、道場の周辺を探索しなかったかと己の未熟を恥じております」

「おう、それじゃそれ、三郎太の申す通りよ、某のもやもやもそれじゃそれ、探索しておれば、もそっと早く何とかなったものをとな」

「誰も調べていないのかなぁ~本当に」

「舞、どう言う事じゃ」

「だって平太兄ちゃん、龍一郎様は、佐紀様は、お二人はどうなのかしらと思ったんだけど」

舞の言葉に皆が龍一郎と佐紀を見つめた。

「三十年前に外様大名が取り潰しとなり、譜代旗本の屋敷となりましたが敷地が広く分割され、鍛錬所は当時の武芸教授方が拝領しました、その後、鍛錬所は代変わりを経て世継ぎが無くなり廃屋となっておりましたが奉行所の手により剣術家の物となりました、屋敷は三年前に旗本の不祥事により廃絶となり幕府に戻されましたが大目付殿が我が物とし昨年手入れを致しました、女子を住まわせる為です」

佐紀がすらすらと答え、皆を驚かせた。

「・・・」

「お二人は其処まで調べておられましたか・・・」

「旦那様が御調べに成りました」

「佐紀も一緒に調べたのかな」

「私はその女子に合うてきました」

「何処の何者じゃ、今はどうしておるのじゃ」

「吉原の花魁で御座います、身請け金は既に払われております、が、妓楼の願いに寄り今暫くは花魁を続ける事でしょう」

「何とも、何とも・・・儂は只、運が良いと思うておったが龍一郎の手の中で遊んで居ったか」

新たに仲間に加わったお雪が眩しそうに龍一郎と佐紀を見つめていた。


皆で揃って屋敷の内外を見て回った。

敷地内に守りを頼まれた者たちがまだ住んでいたが奉行所からの達しが既に届いており二日の猶予を与えられ立ち退きの支度をしていた。


屋敷には主専用の囲炉裏と雇われ人用の大きな囲炉裏と台所の小さな囲炉裏があった。

大きな囲炉裏は大勢の配下の物で台所の物は用心棒の物であろうと推測された。

主の寝所の物入れには既に豪奢な寝具も用意され住人を待つばかりになっていた。

台所の物入れにも味噌、醤油、漬物などの日持ちのする物は用意されていた。

配下と用心棒たちの寝具も大量に物入れに用意されていた。

ここ二、三日の内に集合の合図と共に佳人が集まるはずであったと想像された。

配下の者たちは幕府からの知らせにより事の事情を知り屋敷には来ぬであろうが、用心棒や手伝いの町人たちが屋敷に顔を出す事が予想された。


「屋敷と道場とを隔てる壁を取り払わねば成りませぬな、館長」

「どのように使うつもりじゃ龍一郎、そもそも手にするつもりなのか」

「はい、父上と母上の住まいで御座います、壁はそのままに致します、変わりに地下道で繋ぎます」

「・・・」

皆が不思議な龍一郎の言葉の理由を考え出した。

「龍一郎様、回りの人には知らせず、何かの刻に使う、逃げる刻に使うのけ、頭良いべな、龍一郎様はなぁ」

お雪が龍一郎に歓心する声を上げた。

皆がお雪を驚きの眼で見つめた、その中には珍しく佐紀と龍一郎もいた。

「佐紀、其方、得難き娘、人物を見つけたのぉ~、先が楽しみよ、大事に育てよ」

「はい、これ程とは予想もしませんでした、大事に育てます、旦那様」

「お雪、この屋敷を見て回って手直しした方が良いと思う処があったかな???」

「・・・正直に言うで・・・村では年貢米を少なくする為によぉ~地面に穴ば掘って米を隠しただ、んでその穴は夜盗が来た刻には隠れるのにも使こうただよ、こん屋敷にはあるかね」

「道場と屋敷を繋ぐ地下道の中程に倉庫と木刀の素振りが出来る程の部屋を作る積りじゃ、其方の言葉に従い屋敷の地下にも倉庫を作ろう、別に二家からの逃げ道も考え様かのぉ~、土を掘る作業は修行には最適じゃに寄ってな、どうじゃな、皆も加わってくれような」

「おぉ~」

皆が賛意の掛け声を上げた。


彼らは三組に分かれた。

一組は本業が休めずお店に帰った者たち、お高、お花、の二人に道場の守りをする者たちで、一組は雑木林を見に行く者たち、もう一組は屋敷を見張る者である。

「龍一郎様、あっしにこの屋敷を見張らしちゃ~もらえませんかね~」

「清吉さん、屋敷に何かあると考えますか」

「そうじゃありませんよ、平四郎さん、これ程の代物、無駄にはしたくありませんので、念には念に入れて、と思いましてね、無駄を承知の念入りですよ、宜しいでしょうか、お駒、お前も許しちゃくれないかい」

「あたしゃ~お前さんに従うよ、龍一郎様、私からもお願いします」

「許すも許さないもありません、何方かにお願いするつもりでした。三郎太殿とお雪殿には雑木林を見て貰わねば成りません、平四郎殿には道場の守りを願うつもりでおりました、つまりはお二人に屋敷の守りをお願いするつもりで御座いました、この返答で納得して頂けようか」

「あ・あ・ありがとうございます」

こうして三つの組に分かれる事になった。

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