第196話 忠相 謁見
忠相は登城の駕籠の中で昨夜の団欒を思い返していた。
<龍一郎殿は上様の好意を直に受けてくれた・・・屋敷と雑木林・・・如何様に使うか、見ものじゃ>。
早速、上様にご報告申し上げねば、と忠相は思った。
<しかし、今朝の修業は過酷であった、儂は途中で根を上げたが、あ奴らは、なおも続けておった、新参者の幼い娘まで続けておった、やはり化け物の側におると化け物になる様じゃ、道場に集まった刻だけの修業では無い、それぞれが我が家でも同様な修行を日課としておるに相違無い・・・我が倅・誠一郎も事もなげに熟しておった、父として誇らしくもあるが悔しくもある・・・儂も修行を致すか・・・>などと忠相は駕籠に揺られながら考えていた。
忠相は控えの芙蓉の間に入る前に廊下にいた茶坊主に側用人加納様を通して上様の謁見を求めた。
すると茶坊主が言った。
「その用は御座いませぬ、大岡越前守様、加納近江守様がお待ちで御座います」
「何と既にお待ちと申すか」
「はい、上様もお待ちとお聞きしております」
「何、上様もと申すか」
「はい」
「案内を頼もう」
「はい」
茶坊主に先導され忠相は加納が待つ控えの間へ向かった。
茶坊主が訪いを告げると忠相を部屋にも入れずそのまま上様の基へ伴った。
「ゆるりとしたいがな、忠相殿、上様が早うから其方を待っておるでな」
「それは、それは、上様らしい・・・気が付きませず加納様を煩わせました、お詫び申します」
「あのお方の事となると上様は性急でのぉ~」
加納は茶坊主に聞かれぬ様に小声で忠相に言った。
「はぁ、お気持ちは理解出来ます・・・失念して居りました」
「な~に、儂も同様じゃ、あのお方の事はのぉ~」
廊下に平身低頭し訪いを告げると即座に許しの声が掛かった。
「忠相、して首尾はどうであったな」
忠相と加納が座る前に吉宗の声が問うた。
腰を屈めたままに加納の着座を待ち、眼の隅に加納の着座を確認し忠相が着座した。
「加納様、上様のお尋ね故、お答え申します」
「うむ、お答え申せ、大岡能登守殿、あいや、大岡越前守殿」
忠相は以前は能登守を名乗ったが忠相が町奉行の職に着いた刻に先任の中町奉行が同名の能登守を名乗っていた為、越前守に改名していた。
「はい、ご報告申し上げます・・・上様のご推察の通り、あの方の行いで御座いました」
「やはりな、忠相、儂を持ち上げずとも良い、其方の言が無ければ儂も気付かなんだわ、で、奴は何をどうしたな」
「はい、あの者と仲間たちは・・・・・・」
忠相は昨夜聞いた事を克明に述べた。
「確かにのぉ~一日で其処まで調べ上げるとは「あっぱれ」「見事」と言うしかあるまいのぉ~、其方の密偵にも真似は出来まい」
「上様、お言葉では御座いますが、私に密偵など居りませぬ」
「世迷言は他で致せ、忠相、余には不要と致せ」
「はぁ」
「その娘・・・お雪と申したか、新たな仲間となった娘の六月、一年後が見たいものじゃのぉ~、又新たな天狗が増えるか」
「はい、私も見とう御座います、必ずや化け物になっておりましょう」
「化け物のぉ~、我ら通人が見れば確かに化け物、天狗じゃ・・・まさか、その娘の婆殿も・・・無いかのぉ~」
「あの者の所業は測り知れませぬ、無きにしもあらず・・・」
「忠相殿、某はその婆様に会うております、とても天狗になるとは思えぬが・・・」
「私も会いました、その様には見えませなんだが・・・あの者、私の予想の外に居りますれば・・・」
「無きにしも有らず・・・ですか」
「忠相、それで屋敷と雑木林はどうしたな」
「はい、上様、見た後でお答えしたいと申しておりました」
「ふ・ふ・ふ」
「可笑しゅう御座いますか、上様」
「あぁ、可笑しいのぉ~、あ奴らしい・・・が、受けるであろう、場所が場所だけになぁ」
「はい、道場の隣ですからな、上様」
「しかし、爺、何故に大目付の専断を、不正を見過ごしたか・・・儂に人を見る眼が無い、と言う事かのぉ~」
「上様、それは違います、配下の者たちに任せるのも大将の務めと・・・」
「その配下の見定めがのぉ~難しい・・・儂の前では本性を現さぬでな・・・何か手は無い物かなぁ~忠相」
「人の本性を見定める手で御座いますか・・・そう言えば、かの者が人に、誰にでも、どの様な身分の者にも優しくせよ、弱く見せよ、と申しておりました、何となれば、優しさ、弱さに漬け込む者と労わる者が出て来ると申しました、労わる者を大切にせよ、漬け込む者は信ずるなとも申しました・・・お役に立ちますでしょうか」
「あの者の言葉か・・・確かに、あの者を見るにとても日の本一の剣術家には見えぬな、なれど侮ると痛い眼を見る事となろう・・・儂も、うつけ者に、あほ~になって見るか、のぉ~爺」
「正直申して負けず嫌いの上様のご性格では難しかろうと存じまする」
「そうよのぉ~、馬鹿にされておると感じずると捨ては置けぬからのぉ~、じゃがそれでは儂に恐れて本音、本性を出し寄らぬからのぉ・・・精々我慢してみるか、あの者程強ければ誰が何を言おうが腹も立たぬのであろうか・・・爺、其方は弟子であろう、其方、あの者の怒る姿、動揺する姿、狼狽する姿を見た事があるか、忠相はどうじゃ」
「・・・」
「・・・」
「どうじゃ」
「言われて見ますと御座いませぬ」
「私も御座いませぬ、かの者の心持ちが掴みかねます」
「儂もじゃ、あ奴を前にすると何やら直な気持ちにさせられる・・・不思議な奴じゃ、気になる奴じゃ」
「私には上様もその様な存在で御座います、よう似て居られまする」
「儂とあの者が似ておるか・・・そうか・・・処でじゃ、あの者らに娘とお婆が増えた以外に変わりは無いな」
「おぉ、忘れて居りました、実は槍術家と鎖鎌を使う者が増えまして御座います」
「何、槍と鎖鎌じゃと~、経緯は聞いたであろうな、爺は知っておるか」
「知りませなんだ」
「そちも知らぬか、忠助、申せ、申せ」
「はい、槍術家についてはまだ詳しくは聞いては居りませぬ、双角と言う名である事だけで後は皆言おうとはしませんでした」
「言わぬか、何故であろうな~、其方、諦めたか」
「はい、申し訳も御座いませぬ、あの者らの結束は固く、口も固とう御座います、あの者らの誰一人としてどの様な拷問を受けても言わぬと決めた事は言いますまい、舞、平太の幼子で有ってもで御座います」
「上様、爺もその様に思います」
「言わずとも良い、儂もそう思う故な・・・で、いま一人の鎖鎌の者はどうじゅな」
「どうもこうも御座いませぬ、私もその場に居りました故」
「何、その方も立ち会うたのか」
「はい、本日の朝の事でした」
「何、今朝の事とな、それで其方、出仕が遅れたか」
「はい、左様で御座います」
「出仕遅れは許す、許す故、克明に申せ」
「はい・・・」
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