第183話 新たな家族

道場に戻った三人は母屋にはお久しか居らず小兵衛と龍一郎の二人は道場にいる様であった。取り合えずお久にお雪を紹介し事情を説明し男子衆(おとこし)には後ほどと言う事でまずは住まいとなる部屋を見せる事にし舞に案内させた。

「あの娘は奉公に出るには少し早い様に見えますがな」

「はい、あの娘は・・・」

佐紀は奉公に出る事になった訳をお久に話した。

「それは難儀な事ですなぁ~しかし悲しい事ですが珍しい事ではありますまい、あの娘の何が其方を引き付けましたかな」

お久が当然の問いを口にした。

「足腰の強さを感じました事、賢そうな眼差しである事で御座いました」

「確かに私も思いました・・・芯の強さもありそうですなぁ~」

「はい、唯今十四歳ですが十歳の頃よりお寺様の百五十段余りの階段を毎日登り降りしていたそうです、嵐の日以外毎日だったそうで芯は強いでしょう」

「それはそれは足腰が強い訳ですね~、楽しみな事です」

「はい、それも御座いますが」

「金貸しの事ですね、龍一郎殿に相談してみましょうかね」

「はい」


「お雪ちやん、この部屋よ、私と一緒よ」

「えぇ~二人、二人だけの部屋なのですか」

「そうです、お嫌ですか」

「とんでも無い事です、お店(たな)では五人で一部屋でした」

「あら、そうなの、ではここで良いですね」

「はい、じゃ荷物の小物や着物は箪笥に締まってね、そちらの箪笥が貴方のよ」

「えぇ~私一人でこの箪笥を使って良いのですか」

「どうぞ」

「ありがとう御座います」

「私に礼を言う必要は無いのよ、私も居候だから」

「居候・・・て何ですか」

「う~ん・・・この家は私の物では無いと言う事、私の実の家族は別の処に住んでいるのよ」

「佐紀様と舞様はご家族では無いのですか」

「家族の様なものだけど実の家族では無いわ」

「舞様は佐紀様の妹と思っていました」

「その舞様は止めて、舞で良いわ」

「呼び捨てなんて出来ません」

「じゃ~さんにして」

「舞さん・・・舞さん・・・で良いですか」

「その方が良いわ、今まで私が一番年下でちゃん付けか呼び捨てだったから」

「では、これからは私が一番年下ですから雪と呼び捨てにして下さい」

「そうね~後で皆に紹介して決めましょうか」

「はい、お願いします」

風呂敷の中身は僅かだったので話ている間に締まい終わった。

「では、戻りましょうか」

「はい」

「ここの建物や住んでいる人達それにご近所の事は少しづつ話て上げるわね」

「はい、お願いします」


「あの~一つお聞きしても良いですか」

「何かしら」

「あの舞様いいえ舞さんも佐紀様もお久様も足と手に何を着けているのですか」

「えぇ~お雪は解るの」

「解るって何がですか」

「私たちの足と手に何か着けている事よ」

「やはり何か着けているのですか」

「どうして解ったの」

「どうしてって・・・何となく」

「ふ~ん」


お久とお佐紀の元へ戻った二人への第一声が舞の一言だった。

「お雪ちゃんが私とお佐紀様とお久様が足と手に何を着けているのかって聞いたのです」

「舞、貴方が見せたのですか」

「いいえ、お久様、何も見せませんし話もしていません」

「佐紀、其方の見る目は確かの様ですね」

当初お久は佐紀を佐紀殿と呼んでいたが佐紀さんになり佐紀の技量の高さを知ると佐紀様となりお久が小兵衛と夫婦になると佐紀と呼び捨てにする様に龍一郎に言われ最近ようやく呼べる様になっていた。

「私もここまでとは思いもしませんでした・・・龍一郎様が喜ばれましょう」

三人でお雪の在所の事を根掘り葉掘りと聞いて刻が過ぎて行った。


「見物人は減っては来たが門弟衆は減らぬ」

「お前様、我々のタツキで御座いますよ」

「そうは申すがお久殿、あれだけ多いのもなぁ~のぉ~龍一郎さんや」

「父上、そろそろお久殿は止めて頂かねば」

「佐紀さんや、そう言うが一人暮らしが長いでな、なかなか難しい」

「その佐紀さんも止めて頂かねば成りませぬ」

「そうです、何処の何方が娘をさん付けで呼びましょうか」

「うむ、それもいかぬか」

「駄目で御座います、龍一郎さんも駄目ですよ」

「うむ~暫く刻をくれぬか」

「畏まりました」

「処でそこに居る娘は何者かな」

「佐紀、其方が説明しなされ」

「はい、義母上、この娘さんの名は雪で・・・」

と佐紀が雪の在所の事、辰巳屋での事、ここにいる訳を二人に説明した。

合間に小兵衛と龍一郎の問いが入り佐紀と舞と雪が説明したりと半刻ほどの刻が掛かった。

「ほほ~重しを見破りおったかぁ」とか「三日後のぉ~」などと小兵衛の合いの手が入った。


「私が三日後の午後に実家に参りたいのですが宜しいでしょうか」

「それでどうするつもりじゃな」

「あちらに何の断りも無くこちらに連れて参りましたので知らせればお怒りと思いますので誰ぞが行くは必定で御座います、そうなれば娘である私が適任、どうするかとの問いで御座いましたが、それはあの者たちをどう致すか・・・にもよると思います、龍一郎様が何か手立てをお考えではと期待しております」

「龍・・・龍と呼んで良いか」

「義父上のお好きな様に」

「では、龍、龍に考えはあるか」

「まずは本にその者たちが悪人か人様に迷惑な存在かどうかを確かめる事が先決で誤差いましょう・・・しかしそれよりも前にこの娘に我らの紹介をせねば成りますまい」

「おぉそうじゃそうじゃ・・・では儂がこの道場つまりは剣の鍛錬所の主じゃ、そして」

「私がその倅の龍一郎、よろしく」

「こちらこそよろしくお願い申します」

「佐紀、それでこの娘は家族になるてか」

「はい、義父上、この娘なれば良い家族になりましょう」

「そうか、では舞の妹じゃな」


「でじゃ龍よ、誰に探られるかな」

紹介が済んだとばかりに小兵衛が探索の続きに話を戻した。

「用心棒の技前の程が知れませんので、ここは三郎太と平太・・・それに優勝の褒美として誠一郎殿に願いましょうか・・・三郎太、平太良いな」

少し間が有って廊下から声が掛かり障子が開かれた。

「失礼いたしました」

「何、其方ら・・・何時から居った」

「龍一郎様にお確かめ下さい」

「私を試しますか・・・良いでしょう、我ら二人が道場を出て井戸にて体を拭いておる刻です」

「どうなのじゃ」

「龍一郎様には全部お見通しですなぁ」

三郎太が参ったを言った。

「で、探索の事じゃがどうじゃな」

「はい、それで御座いますが、素奴の悪行の噂はあちらこちらでちらほらと御座いました、そろそろ龍一郎様にご相談をと思うておる処で御座いました」

「悪行の噂のぉ~、その噂とはどの様なものじゃな」

「どうも、無理やり奉公に出されているのは、この娘さんだけでは無いのです」

「何、まだ何人かおるてか」

「道理でご本人が晦日にわざわざ川向うから来る訳ですね」

小兵衛と佐紀が合いの手を入れた。

「それとですね、晦日には薬種問屋と町医者の処へも寄ります、薬種問屋には出来る用心棒が居りまして近づきませんでした、町医者では何やら包みの交換を致しておりました」

「何と何の交換でしたね」

お久がたまらず口を挟んだ。

「それが解りませぬ、奴の後を追う事にしましたので」

三郎太と平太の二人であったが龍一郎の一人での探索禁止に従い二人で一人を追った。

「どちらにしても探索が必要の様ですね・・・金貸しと町医者は任せます、薬種問屋へは私が参ります」

「龍一郎殿、其方は今や江戸一の武者といて名と面体が知られております」

お久が懸念を口にした。

「義母上、ご心配には及びませぬ、我が亭主殿は変装の名人で御座いますれば」

「変装と言うてものぉ~お久殿の・・・基・・・お久の言う通り今や江戸中知らぬ者が居らぬと思える御仁じゃからのぉ~」


大人たちの会話を舞はただ静かに聞いていた。

隣に座る新参者のお雪は何が何やら解らず困惑を絵に描いた様な顔で聞きいっていた。

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