第181話 里帰り その四

「読売を読みましたが佐紀、其方が上様がご覧に成られる剣術大会に出るとは真の事ですか、それとも同性同名の方ですか」

鳩衛門が我娘の佐紀に問うた。

読売で上様主催の天覧剣術大試合が開かれるとの告知があり、次の読売で日時の告知があり、次で出場者の予想が読売になり、最新の読売で主要な、つまりは勝者と目される人の名が乗った、そして女子の部に橘佐紀と書かれていたのである。

これをお店の番頭に見せられ驚き使いを出して佐紀をよびよせたのである。

こ度の同道者は龍一郎と龍之介を背負った舞であった。

鳩衛門は佐紀に問うつもりで呼び寄せたが孫の龍之介を見ると用件を忘れてしまい妻女の滝と競う様にあやした。

暫くして用件を思い出し前述の言葉となったのである。

「橘道場の橘佐紀と書かれております、私で御座います、少年の部には、この舞が、そして成人の部には亭主の龍一郎様がお出に成られます」

「成人の部には館長・小兵衛殿と師範代の平四郎殿、少年の部には誠一郎様の名もあるが真の事か」

「はい、全て真の事で御座います」

「真ですって・・・武家に嫁に行っただけで強くは成れないんだよ」

「我亭主の教えに従い鍛錬をしておりますからご心配はいりません」

「どんなに鍛錬しようが、お前は数年前は町娘では無いか、他の出場者は皆が道場主の娘などで幼い頃から剣の修行をしていた者ばかりだぞ」

「はい、解っております」

「はいって本に解っておるのか、そうじゃ舞さんも出るのだったね、大丈夫かね、叩かれると痛いよ」

「はい、私も解って居ります、第一私は負けません、叩かれませんので痛くはありません」

「はぁ~龍一郎様、其方様の弟子たちの自信は何処から来るのですか、空元気いや空自信としか思えませんが」


と、その時、店先の方が何やら騒がしくなり怒声が聞こえた。

廊下を走る音が奥へ向かって来て小僧が廊下に倒れ込んだ。

「だ・だ・旦那様~~」

「落ち着きなされ、何が有ったのですね」

主の鳩衛門が小僧に声を掛けた刻には龍一郎と佐紀は店先への廊下を歩いていた。

二人が店の土間を見ると三人の浪人がおりその内の一人が剣と同じ様な長さの枝を持ち四方へと振り回していた。

「何用で御座いますか」

佐紀の叫ぶでも無い大きな声が店中に響いた。

三人の浪人、店の奉公人、数人のお客全員が声のした方を向いた。

「おぉ~稀に見る美形では無いか、我らは酒の途次じゃ酌をさせてやるに付いて参れ」

「酌をさせる女子(おなご)を探しに参られましたか」

「な~に、酒代がの~なった故、恵んでもらおうと思うてのぉ~」

「既に御酒(ごしゅ)を召して居られる様な、その酒代はどうなれましたかねぇ~」

「店の主が要らぬ、と言うでな」

「酒代も恵んで貰いましたか」

「まぁその様なものだ」

「人様に何がしかを恵んで貰うには店先でのうて道端で頭を下げて頼みなされ」

「何~我らを乞食呼ばわりするか~」

「恵んで貰う、と申されたのは、そちら様で御座いますよ」

「煩い(うるさい)、煩い、早く金を出せ!!!」

「嫌がる者から無理やり金子や物を採る者を盗人と申し立派な咎人(とがにん)で御座いますよ」

「だからどうした、奉行所の役人でも呼ぶか~読んでみろ、その前にここにいる客共を痛めつけて殺してやる、そうすればこの店の評判も地に落ちて店は潰れ様なぁ~」

浪人の言葉にお客たちは声に成らない悲鳴を上げしゃがみ込んでしまった。

「それは無理と言うもので御座いますよ、ご安心下さいな、お客様方」

「何が無理なものか」

「無理で御座いますよ、何故なら、その前に其方たちは私に倒されるからで御座いますよ」

「うぁはぁ・はぁ・はぁ~、お前が儂ら三人を倒すてか、笑かしてくれるわ」

「少々痛い思いをして貰うつもりでしたが其方らは改心などしそうも無い様ですので、武士を廃業して貰います、私がこの履物を履いた刻が其方らの武士としての終りの刻です」

「佐紀、亭主の私に出番を作ってはくれぬのか、後で其方の両親が心配しておるでな」

「旦那様は私が負けるとお思いですか」

「そうでは無いが~」

「では、私にお任せ下さいまし、第一このお店は私の実家で御座います故に」

「えぇ~い煩い、我らを倒すと言い合うで無い、何なら二人で来い」

「あらあら、旦那様がお相手しますと小指一本で倒されてしまいますよ」

佐紀が履物を履こうと片足を履物に乗せた、その瞬間に棒を持った先頭の男が棒を佐紀に向かって突進し打ち下ろそうと振りかぶった、が「ボキッ」と言う音が響いた後に男は倒れてしまった、振りかぶったままの態勢で倒れ握っていた棒は男の横に立つ佐紀の手に握られていた。

「さて、この男はもう武士としては生きてゆけませぬ、其方らも同じ様に成りたいですか、それともこの者を引きずって行きますか、但し今後悪さをせぬと約定するならばで御座いますが、いかが」

「・・・」

「・・・」

「いかが」

「・・・解った、約定する」

「某も約定する」

「ではこの者を連れて行きなされ」

佐紀はそう言うと棒を倒れた男の横に投げ捨て履物を脱いで板の間に上がり履物の向きを変えた。

二人の浪人は佐紀が手の届かぬ処まで下がるのを待って倒れた男を両側から支え一人が棒を杖替わりにして店を出て行った。

「さて、父上、母上、続きのお話をしましょう」

佐紀は何事も無かったかの様に奥へと向い、その後を主の鳩衛門と妻女の滝が夢心地の表情で追い掛け、最後に珍しく困った表情の龍一郎が「はぁ~」とため息を憑いて奥へと向かった。

店先に残された奉公人たちと数人の客は、こちらも夢でも見ていたかの様に暫く動けずにいたが客の一人が手を打ち鳴らし始めると釣られた様に皆が一斉に手を打ち鳴らして喝采した。

当然、この騒動は翌日の読売となり江戸中が知る処となった。

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