第166話 居酒屋 その一

翌日、勤務を控える与力・同心が席を立ち主賓に挨拶し早々に道場を後にした。

だが一人の与力が「飲み足らぬ」と言い出し飲み屋に寄る事になった。

三人の中で道場の門弟は若い同心ただ一人で有った。

「お前は橘の門弟であったな」

「はい、左様で御座います」

「やはり厳しい鍛錬であろうなぁ~、あれ程の天狗の様な技前になるにはなぁ」

「はぁ~私は天狗では在りませんので厳しいとは思いませんが~」

「お前はまだ新米故に鍛錬も簡単なのではないのか、当初からの弟子たちには厳しい言葉が飛んでいるので無いのか」

「いいえ、館長も師範も師範代も言葉使いは非常に丁寧で優しいものです、それは門弟だけに限りませぬ、店の女将、中居、船頭、棒手振りに至るまでにも丁寧で優しいものです、お城の高い身分の方がたもお見えになられますが全く同じ態度と言葉使いで御座います」

「では何があれ程の技前になるのだ」

「気持ち・・・心構え・・・だと言われました」

「気持ち、心構えだと~それだけで強くなれるものか」

「お言葉では御座いますが、私も以前に比べてと言うか以前とは比べものにならぬ程に技前が伸びた様に感じております」

「お前が強くなったと言うのか???」

「はい、左様でございます」

「うむ~、お前・・・其方以前はおどおどと奉行所の役人とも思えぬ態度であったが・・・」

「そうよなぁ~こ奴は町人にも軽んじなれる程に軟弱者であったが・・・」

「儂はしくじった様じゃ、あの時に入門しておれば良かったやも知れぬ」

「何だ、そのあの時と言うのは???」

「実はな、儂は橘の師範・龍一郎殿の妻女に以前に合っているのだ」

「あの女子の部の覇者、見目麗しいお佐紀殿にか」

「そうじゃ数カ月も前かのぉ~その時は師範の妻女とは知らなんだが、余りの美貌についふらふらと後を付けてしもうた、そしてあの場面にあったのだ」

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