第165話 祝いの宴

御簾に前に居並ぶ小兵衛たちは平伏して将軍・吉宗の退出を見送った。

「ご苦労様に御座いました、おめでとうございます」

弟子でもある奉行所の与力・同心たちが労を労った。

「何のその方たちの方が大変であったろう、お役目ご苦労に御座った」

「道場にて祝勝会が待っておりますぞ、早めにお戻り下さい」

「忝い、皆を待たしてもいかぬな、早々に戻るといたそう」


奉行所の弟子とその仲間たちが道場に着いた時、そこには既に清吉・小駒の夫婦に清吉の下引きたち、富三郎夫婦と子供達、揚羽亭のお高とお花に料亭の料理人たちなどが料理の準備を殆ど済ませ主役たちの登場を待ちわびていた。

「あぁ、お駒様、我々は宴の準備をと思い早めに戻りましたが・・・」

「それはそれはご足労をお掛け致しました、ご覧の通り支度は殆ど済んでおります、今宵の主賓の到着を皆で待ちましょうかね」

「はぁ~何とも、皆さまは剣術だけでは無く何事も素早い・・・」

「今宵は大勢の方がお見えになるでしょう、さぁさぁ奥にてお待ちくださいな」

「はぁ~」

返事はしたものの奥へなど行けるものでは無い、皆は所在なげに入口近くの壁際に固まって座った。


この日見物に集まった員数は想像を遥かに超え凄まじい人だかりだった。

この人込みを抜けるのは至難の事と思われたが、予想に反していた。

歌舞伎役者の見物ならば一目見よう触ろうとするのだが、この日の主役は剣の勝者である。

一目、側で観たいと言う処は同じであったが触れようなどと思う者は一人としていなかったのである。よもや斬られる事は無いとは解っていたが一定の距離を置いて遠巻きに眺めるだけで有った。

その為、勝者と次席のものたちが道の中央を歩くと先々で人垣が割れ通り道が出来道場までの道が真っすぐに伸びていたのである。流石の世事に慣れている奉行所の役人もこれには大変驚いた様であった。


「皆さま、誉高き成果、執着至極に存じまする」

待ち人の皆を代表しお駒が祝辞を述べ勝者たちを迎えた。

「忝い、皆にはご心配とご苦労をお掛けし申した」

「準備万端整っております、さぁさぁ奥へお進み下さい。」

主賓たちが道場の中へ入ると見所が空けられ見所横の壁際上座には幕府要人たちが居並んでいた。

「皆さまが見所にお座り下さい」

と小兵衛が言うと要人を代表する様に御用取次の加納が言った。

「今宵の主賓が見所に座に座るは当然と事、第一道場では我らは弟子で御座ればな」

そこまで言われれば従う他なく小兵衛を始め今宵の主賓の勝者と次席の者たちが見所の座を占めた。

皆が座に付いた処で大岡忠相が立ち上がり皆に静粛を求め口上を述べた。

「ご静粛に感謝申し上げる。

某には本日の上覧試合の勝者は何日も前から解っており申した、これは、此処に居られる皆さまも同様と存ずる・・・次席が組み合わせにより誰に成るかでござった。幸いにも決勝以前に同門同士は成人の部のみに御座った、これも同門が三人故仕方のない事・・・某に取って本日の宴は祝勝会に有らず・・・日頃の我らへの鍛錬の感謝、我らへの目標の提示に対する感謝に御座います。・・・では皆で本日の勝者と次席に対し大いに感謝申し上げようぞ」

そう言うや振り返り正座・土下座に上座に座る主賓たちに拝礼した。

驚いた他の弟子たちも一瞬の躊躇いの後に平伏した。


主賓たちも弟子たちも入り乱れて宴が続いていた。

あちらで車座、こちらで車座・・・幕府の重鎮の隣には奉行所の新人同心が居たり、忠相の膝には舞が寄り掛かっていたり、小兵衛が町役と話ていたりと、その組み合わせは種々雑多であった。

その話題は勿論本日の試合の事で特に手妻の様な龍一郎の技やお佐紀の技についてが主な物であった。

小兵衛の隣にはお久、忠相を間に舞と誠一郎が居たりとそれぞれに合い方が居た事は言うまでも無い。


宴は和気藹々と何時果てるとも無く続いていた。

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