第164話 下賜(かし)

係りの者が正面檀上に上がった。

「上様より勝者と次席の者達に祝いの品々が賜れまする、勝者並びに次席の方々、前へ」

その時、上様からの伝令が檀上の者に届いた。

「基、上様が直に下し置かれるとの由、該当者は上様の御前へ行かれよ」

この言葉に場内が歓声と驚愕に包まれた。

上覧試合とは言え幕府の重鎮でも大名でも無い者が御前になど信じられる事では無かった。

それも女子も子供もいるのだから驚天動地の事であった。


小姓の後に続いて小兵衛を先頭に龍一郎、平四郎、誠一郎、お久、佐紀、舞が御前へと歩んで行った。

皆は小兵衛を真ん中に御簾(みす)を見上げる処に正座し頭を垂れ控えた。


「大儀であった・・・う~ん・・・いかがいたした・・・返事をせぬか」

「上様、この者らには直に話してはならぬ、と申し付けて御座います」

側近の一人が答えた。

「詰らぬ城内の仕来りを此処でも使うか・・・良い、皆の者、余に答えよ、頭を上げい」

まず龍一郎が頭を上げ正面に座す将軍を見据えた。

次に小兵衛が頭を上げ正面を向き次に話すなと指示をした男を見据え小さく頷くのを確認した。

「我ら一同、上様の労いのお言葉に深く感謝申し上げます」

龍一郎の言葉に皆が頷き次々に正面を見据えた。

「ここに居る者は皆、橘の鍛錬所・・・道場ともうしたか、の者たちであるな・・・数多の流派の猛者たちを負かし勝ちを得た・・・薩摩の示現流を始め此処に居る柳生流に至るまでじゃ・・・これまで橘流なる流儀に余は覚えが無い・・・元の流儀は何じゃ」

道場主であり最年長でもある小兵衛が答えた。

「御恐れながらお尋ね故お答え申し上げまする、皆が様々な流儀・流派の剣技に接して居りまして強いて元の流儀を申し上げる事は出来かねまする」

「剣技の優劣に流儀・流派の優劣は無いと言う事じゃな・・・小兵衛、御恐れながら等々の言葉は不要じゃ」

「有難き倖せに存じまする、おぉこの言葉も要りませなんだ様で・・・恐れ・・・いやいや、付け加えますと優れた流儀・流派と言うよりも優れた剣士を輩出した流儀・流派が世に知られると存じまする」

「・・・成程のぉ~さもあろう、ところでじゃ小兵衛、儂は其方と此処に居る俊方との試し合いを見て見たい、どうじゃこの願い叶えてくれ様か」

「上様は我ら武士(もののふ)の統領にございまする、願わずともご命令頂ければ従うのみにございまする」

「うむ、戦国の世なれば其方が大将じゃの~いや倅かのぉ~、俊方は余との駆け引きで勝負を受ける事を既に承知しておる、俊方の弟子との勝負で・・・おぉ~勝負でのぉて試し合いであった、最前の試し合いで其方らが勝ちを得た故な・・・どうじゃ明日、城で七つでどうじゃ」

「恐れ・・・いや、明日はご勘弁下さい、本日は此れより門弟たちが祝勝会を行うと思われます故に」

「さようか・・・となれば朝まで宴が続こう・・・なぁ~・・・解った明後日、朝七つ城で待つ」

「上様、皆への褒美がまだで御座います」

「おぉ~そうであった、うむ~、じゃが成人の部で勝ちを得た者には太刀をと思うておったが・・・あの者には既に天下の名剣がある・・・」

小兵衛、誠一郎らは驚いた顔で龍一郎を見つめた、妻女の佐紀までも同様だった。

「何、伜達(そちたち=おまえたち)は知らぬのか・・・知らぬ様じゃのぉ~後で願うて見せて貰うと良い、倅が許せばじゃがの」

そう言うと吉宗は腰に割いた脇差を抜いた。

「倅・龍一郎、其方には余の脇差を取らす、太刀は小兵衛、その方にじゃ、他の者にも太刀、小太刀、脇差を揃えある・・・余には、其方ら化け物らの技前が解らぬ故にそれぞれに合うた物を選ぶが良い」

勝者たちの前に小姓たちの手により太刀と小太刀と脇差が並べられた。

小兵衛が太刀を取り、龍一郎が脇差を取りその後、残りの者たちが品選びをした。

だが、鞘を祓い刀身を観る事が出来ない為、皆が迷っていた。

「恐れながら上様、刀身を観る事をお許し願いたいのですが宜しいでしょうか」

「おぉ~そうじゃのぉ~良いぞ、其方らなれば鞘の内であろうが外であろうが余を殺めようと思えば容易い事であろうからのぉ~」

龍一郎が許しを得て皆が鞘を祓いそれぞれの得物の刀身を仔細に眺めた。


「大儀で有った、明後日・・・楽しみにしておるぞ」

吉宗が御簾の中で立ち上がり城への帰路に着いた。


当然の事ながら、その様子を龍一郎の仲間たちは見ていた、そしてこれも当然の事ながら将軍・吉宗の警護役の甚八の仲間たちも見ていた、但しこちらは影に隠れて密かにではあった。


そんな中で弟子の奉行所の与力・同心たちの一部が会場を抜け出した。

大半がこの日の審判や係りを担っていたが大半が観客であり、その一部が抜け出し弟、妹、息子、娘を連れていた。

彼らが向かった先は橘道場であった。

祝賀の宴の準備をしようと言うので有った。

因みに養老の郷には珍しく留守番だけを残して殆ど無人に近い状態であり、当然の事ながら、この催しを観る為で有った。

それは清吉・小駒の船宿、お高の揚羽亭、橘の屋敷、などなどでも同じで剣術に興味の無い者だけが留守番をしていたのある、それは千代田の城も同じで有った。

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