第167話 佐紀のお転婆
「妻女のあの美貌じゃによって町中を歩けば皆の目に止まるは必定よの~だが大半の者達は見つめるだけで終わる。しかし中には、悪さをする者達もおる。特に酒に酔うて気が大きくなった者達がな。儂が後を着けていた時もそんな者たちが居った」
「止めに、助成をしませんでしたのですか」
「儂が止めに入る前に三人の鍛錬所帰りの者達に先を越されてしもうた」
「では奥方はご無事でございましたか???」
「おぉ~稀に観る、いや観ぬ見目麗しい女子では無いか、我らに同道して酌を致せ」
三人の武家がお佐紀と舞の二人の前に立ち前を塞いだ。
お佐紀と舞は「あぁ~あ、又ですか」とばかりに眼を見合った。
その時、脇から若者の声が飛んで来た。
「まてまて、昼日中から酒など喰らいおって婦女子に狼藉とは捨て置けぬ」
二人が見ると剣道の稽古場帰りの青年三人で、よくよく見るとその三人は以前お佐紀と舞に絡み諭された旗本の次男、三男たちだった。
「奥方様、その折は大変失礼を致しました・・・我ら以前に奥方様に諭された者に御座います、その節はご迷惑をお掛け申しました、ご覧の様に我ら奥方様の助言通り行動を改めまして御座います、我らの修練の成果をご覧下さい」
「餓鬼どもが煩い、邪魔を致すな、怪我をせぬ内にいね~」
「奥方様、以前の我らもこの様な醜態でございましたか」
「まぁ~似た様なものだしたね」
「お恥ずかしい限りで御座います」
「ええ~い煩い、退かぬと斬るぞ」
止めに入った三人の若武者が鍛錬用の竹刀と真剣を横に置き木刀を構えた。
酔って絡んだ方は一人で相手をする様で三対一の戦いとなった。
酔った男が振らついた様に前に出ると柄頭を一人の鳩尾に打ち込み刀を鞘毎抜くと残り二人の脇腹を薙ぎ払った。
これはいかぬと役人が止めに入ろうとしたその瞬間、奥方と目が合った。
奥方は微かに笑みを浮かべて「助勢は無用」とばかりに小さく首を横に振った。
そして奥方は止めに入った若武者が置いた竹刀の一本を手にすると能でも踊っているかの様にするすると酔った三人の方へと歩み正眼の構えを取った。
三人の若者を軽くあしらった武士が馬鹿にした様に向き合ったが暫くすると二人の仲間に助勢を求める声を発した。
「この女、強い・・・強い、頼む助勢を頼む」
「何を言っているたかが武家の女と言っても一人ではないか」
そう言いながらも横に並んだ・・・が直ぐに女の強さを理解した。
「どうなさいました、弱い相手しか勝負しないのですか、来ないのならばこちらから参りますよ」
馬鹿にした様な言葉に釣られ一人が八双から打ち下ろした。
佐紀はその打ち下ろしを引き付けるだけ引き付けて寸余の処で左に躱し相手の脇腹を竹刀で軽く叩き、その流れのままに残りの二人の脇腹を極極軽く叩いた。
軽く、極極軽くと言っても佐紀の軽くである、並みの男衆の何倍もの痛みが相手を襲った。
余りにも痛みが激しいと呻くだけで悲鳴の声も出せないのである。
「其方たちの助勢に感謝申し上げます、ですがまだまだ修行が足らぬ様ですね」
佐紀が助けに入ったものの反撃に合い負けた三人の若者たちに優しく声を掛けた。
辺りは静寂に包まれていたが暫くして見物人たちの喝采が沸き起こった。
人々は口々に「強い奥方様じゃ」「何処の奥方だ」などと言っていたが一人の老人が言った「あのお方は今評判の橘道場の若先生の奥方様のお佐紀様じゃて」「ほう~あの道場は奥方も強いか・・・・しかも美しい方だの」などとお佐紀の身元が知れ渡った。
「奥方様、助けに入ったつもりが助けられました。申し訳も御座いませぬ」
「何の事がありましょう、そなたらが心を改め精進している姿を見られて嬉しく思いますよ」
「有り難きお言葉を戴き感謝に耐えませぬ、なれどまだまだ精進が足りませぬ、今見物衆の話に寄りますと奥方様は橘道場の若先生の奥方様との事ですが真で御座いましょうや」
「真です」
「橘道場の弟子になれるのは町奉行所の与力・同心だけで御座いましょうか」
「そなたらも入門したいと申されますか」
「はい、出来ます事ならば・・・」
「道場は何方でも入門出来ます・・・なれど生半可な修練では有りませぬよ・・・・その覚悟が出来たならお出でなさい」
三人の青年たちは「ごくり」と生唾を飲み込んだ。
「あ・あ・ありがたき幸せに御座います、覚悟が出来ましたならお訪ね致します」
「お待ちしますよ、舞、参りましょう」
「はい」
二人が歩き出すと見物人の人垣が歩みと共に別れ凛とした美しさを讃えお佐紀と舞は姉妹の様に歩み去って行った。
「凄い奥方様だね~」「俺っちはあの美貌で見つめられただけで倒れちまうね」「おうさ、あの奥方に強さは必要ないやね」などとひとしきり余韻が残っていた。
「おい、本当に入門するつもりか」
「うむ・・・強くなりたい・・・・だがな~・・・あの強さになるのには・・・・・・」
「生半可では・・・いや生半可どころでは無いぞ」
「だがな、俺は同伴のお女中を見ておったがあの娘も強いぞ・・・きっとな、あの騒ぎを平然と見ておったからのぉ~」
「そうか、お女中もか・・・・あれ位の幼き頃よりの修行が必要なのかのぉ~」
「かも知れぬ、止めるか」
「・・・・いや俺は行く・・・強くなりたい」
「おう俺も行くぞ」
「同じく」
三人の若侍が剣術の世界へと歩み出した。
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