第159話 準決勝 成人の部 第二試合

失神した安田治五郎を審判が下役たちに運ばせ、次の組み合わせを高々と呼び上げた。

「七日市藩流・岩澤 平四郎 殿、橘流・橘 龍一郎 殿 お仕度を~」


「隠居~、あの二人は師匠と弟子だろう~が、やるまでもないべ、勝負は見えてるだろが」

「そうじゃのぉ~、勝負は見えておる、が、儂としては橘の道場での隠れた鍛錬方法が見られるのではなかろうか? と期待しておる」

「あの道場では何か秘密の鍛錬でもしてるのか? 隠居」

「多分な、でなければ、橘ばかりがこんだけ強うはならんじゃろう」



平四郎は竹刀を選んだ、これまでは相手の得物に合わせていたが、今度の相手は自分の師匠の龍一郎である、故に自分が先に選んだのである。

二人は竹刀を持って開始線に立った。



「俊方、儂は今、気が付いたが橘の者達は歩いているのか居ないのか時々解らぬ事がある・・・じゃが確かに進んでおる・・・それも早い、どうなっておるのじゃ」

「これも確かな事は判りかねまするが、歩みの一歩が大きいのでございましょう、そして気配が感じられない、そこに居るのに気配がない・・・故に居ない様に感じる、のではと!!!」

「居る様で居ない、居るのに居ない・・・か」

吉宗はまた誰に言う訳でも無い独白の様に言葉を吐いた。


「岩澤殿、橘殿・・・よろしいか? よろしいな・・・・・・は・じ・め~」

平四郎はこれまでと同様に正眼に構えを取った、龍一郎もまたこれまでと同様に右手に竹刀を持って右にだらりと垂らしていた。

場内は静寂を通り越して森閑としていた。

暫くして、これまでに聞いた事のある、あの「ブーン」と言う音が小さく聞こえ始め、龍一郎の身体が薄くなり二人に別れ始めた。

平四郎は左膝を地面に着け竹刀を右肩に付け竹刀を空に向けて立てた。

「ブーン」と言う音が徐々に大きくなり龍一郎の二人になった身体が少しづつ濃くなって行った。

その時、平四郎の竹刀が左へ大きく水平に振られ自分の左後の敵を攻撃した。

だが平四郎の竹刀は空を切っただけだった、そして同時に平四郎の右肩に竹刀が当たった。

平四郎が顔だけを正面に戻すとそこに平四郎の右肩に竹刀を置いた龍一郎が立っていた。

二人は暫くその態勢を保っていたが平四郎が竹刀を左手だけで持ち脇に抱えると龍一郎も後にすり足で下がりながら左手に持ち替え控えた。

二人が開始線に戻り向き合った。

暫くして審判の声が響いた。

「橘殿の勝ちにございまする」

二人は一礼し合い控えの席に戻って行った。

この時、初めて場内に騒めきが戻って来た。


「隠居、何であのしゃがんでいた侍は後に竹刀をふったんだ~」

「さてな~、儂にもわからん、解らんが解る気がする」

「なんだそりゃ~判るのか判んね~のか、どっちなんだよ~」

「儂らの様な常人には見え無んだがなぁ~きっと二人ではの~て三人になったんじゃなかろうか」

「隠居、常人て何だ」

「普通の人の事じゃよ、奴らは常人では無い、普通の人では無い、天狗様じゃ」

「そうか、奴らは天狗か~道理でなぁ」


高所でも俊方が吉宗の問に対して同様な説明をしていた。

「どうじゃ、俊方・・・この結果は予想できたであろう」

「はぁ、結果の予想は・・・確信は御座いましたが、どの様にしてか、どの様な技かは予想も出来ませぬ事で御座いました」

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