第158話 準決勝 成人の部 第一試合

「これより成人の部を始める、無外流・安田治五郎 殿、橘流・橘 小兵衛 殿 前へ」

審判の声が響いた。

呼ばれた安田治五郎が審判の処へ行き何か話掛け、それを聞いた審判が驚きの表情を見せた。

審判は上役の元へ急ぎ向かい、その上役が俊方の元へ向かった。

「何、暫し待て」

聴いた俊方が吉宗に報告した。

「上様、 無外流・安田治五郎 殿が真剣での立会いを望んでいるそうでございます」

「何、真剣とな!!! うむ・・・相方が了承すれば良かろう・・・許す」

将軍・吉宗の承諾の言葉が次々に伝えられ見分方審判の耳に届き、その審判は相手が木刀か竹刀を選ぶのか、見ていた小兵衛を手招きし安田治五郎の希望と吉宗の承諾を伝えた。

「合い判りまして御座います、御意のままに」

「小兵衛殿・・・宜しいのか」

「はい、構いませぬ」

審判が生唾をゴクンと飲み込み言葉を穿いた。

「では、ご両者お仕度を」

二人は自分の支度席に戻ると真剣を腰に差した。

審判が伝言を吉宗に伝える処から人々の眼が注がれていたが対戦する二人が真剣を腰にした処で悲鳴とも歓声とも着かない声が大音量となって会場中に響いた。

凄まじい観衆の反応の中、二人の対戦者はゆっくりと歩き開始位置に着いた。

審判はそれを十二分に確認し片手を上げ「は・じ・め~」と手を振った、その途端に会場は静まり返った。

対戦者の二人はほぼ同時に刀に手を掛け鞘走った。

二人は相正眼で対峙した。

小兵衛は全く態度に変化が無く動揺も不安も感じさせなかった。

対して安田治五郎は真剣である事と相手の余りの無表情と気配の無さに不安と不気味さを感じ始めていた・・・自分の方から真剣での立会を申し出たにも関わらず。

小兵衛の態度も表情も全く変わらずであるのに対して安田治五郎は汗が吹き出し落ち着きも無くなり構えを正眼のから八双へと変え前後に飛び跳ねる様に動き出した。

安田治五郎は飛び跳ねながら後へも回ったが何故か打ち込まなかった・・・いや打ち込めなかった様だった。

安田治五郎が小兵衛の正面に戻り動きを止め突然八双から打ち込んだ・・・だがそこにはもう小兵衛は居らず次の瞬間には横に移動した小兵衛の刀が峰に返され安田治五郎の首筋に軽く打ち据えられた。

安田治五郎は刀を握ったまま意識を失いその場に倒れた。

小兵衛は刀を鞘に戻し左手で腰から鞘ごと抜くと元の開始線に戻った。

「勝負あり、橘小兵衛殿の勝ち」

小兵衛は軽くお辞儀をして待機席に歩き出した。

その時、場内が大歓声に包まれた。


「何だよ、だらしなぇ~奴だぜ、自分から本身でと言っときながらよ~なぁ~隠居よ~」

「ほんとじゃなぁ~、ありゃ~子供のちゃんばらより劣るものじゃったわい」


「俊方、其方も結果は予想できたであろう・・・がこれ程の技前の差を予想出来ておったか・・・儂にはあの橘と言う男・・・真剣の扱いに慣れている、慣れすぎている様に見えたが、どうかのぉ~」

「はぁ、仰せの通り結果は予想しておりましたが、これほどの開きは予想の外で御座います、また小兵衛殿の真剣の扱い・・・仰せの通り慣れて見えました、相当に修練を積んでおりましょう」

「橘道場では、どのような修行をしておるのかのぉ~」

俊方からの返答は無かった・・・吉宗も気にはしていなかった。

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