第157話 準決勝 少年の部 第二試合
「これより少年の部の第二試合を始める、柳生新陰流・井上 多恵 殿、橘流・ 橘 舞殿・・・お仕度お願い申しあげまする」
「隠居さんよ、さっき負けたわっばも 柳生新陰流・井上って言わなかったか~」
「そうじゃよ、今度は妹の番じゃよ」
「そうか、妹か、今度の橘の娘っ子は小さくて可愛いから妹の勝ちだな」
「辰、お前はあの娘の前の試合も見ただろうに、まだ解らんか」
「解らんて何が」
「あの橘の・・・お前が小さくて可愛いと言う娘の強さがじゃ」
「そげに強かったか???」
「あの娘っ子はな、橘でも十指に入る強さじゃ」
「隠居、馬鹿告くでねぇ~橘にはよ、南北の奉行所の与力、同心が百人以上通うと聞いたぞ、そん中で十番はねいべ」
「確かに与力、同心なぁ、じゃがな相手にならん」
「そうじゃろ、どんなに強うても所詮子供で女だもんな」
「馬鹿もん、逆じゃ、あん娘にはお前が言う与力、同心も相手に成らん、勝てんのじゃよ、余りに差が有り過ぎて練習相手もして貰えんのじゃよ」
「えぇ~、嘘だ~、隠居幾ら何でもそりゃないべ」
「儂ゃ嘘と坊主の髪はゆわん、儂も一度しか見とらんが強い、兎に角強い」
「そうかね~、おらには可愛い娘っこにしか見えんがねぇ~」
二人の娘が襷と鉢巻きも凛々しく開始線で向き合った。
審判がお決まりの言葉を述べ号令を発した。
「は・じ・め~~」
二人の娘たちは当然の様に正眼に竹刀を構えた、舞が相手の得物に合わせた。
暫くはこれもまた当然の様に正眼に構え合ったままだった。
ところが舞が誠一郎と同じ様に開始線に下がると右手一本に竹刀を持ち右に垂らした。
場内に「おぉ~」と言う声が響いた。
「隠居、あの娘も二人になるだか」
「・・・」
返事は無かった。
静寂が戻った場内に「ブーン」「ざぁ・ざぁ」と聞きなれた音が響き出した。
そして、直ぐに舞の直ぐ横にもう一人の舞が現れた。
その姿ははっきりとしており、どちらが実態なのか解らぬ程だった。
場内が又どよめいた。
「おぉ~二人じゃ二人になりおった」
「なんと可愛い娘が・・・」
観衆が見つめていると二人の舞が少しずつ離れて行った・・・がそれでもどちらが実態か解らなかった。
驚くのはまだ早かった、何と二人の舞の内の一人が対戦者の多恵に近づいていったのである。
その歩みは淀みも構えも無い物だった。
多恵は竹刀を胸に引き付け舞の脳天を目掛けて振り下ろした。
その竹刀の振りは迅速なもので日頃の鍛錬が伺えるものだった。
だが、迅速な多恵の竹刀は舞の身体を両断すると地面に着き立ち、その時には舞は元の開始線の処で正眼に竹刀を構えていた。
またまた場内にどよめきが起こったが直ぐに静寂が訪れた・・・見逃すまいとの思いである。
次に先に動いたのも舞だった、誠一郎と同じ様に竹刀を上段に構えたのだ。
またも場内がどよめいた。
「今度は奥方の技をやるつもりだか、隠居よぉ~」
「・・・」
今度も隠居からの返答は無かった。
吉宗が誰にとも無く口走った。
「出来るのであろうか」
誰も答える者は居なかった。
舞の竹刀がゆっくりとゆっくりと降りて来た。
多恵がそれに答える様に右肩に柄の部分を担ぐ様に突きに構えを変えた。
舞の竹刀は誠一郎の様に上下する事無く佐紀と同じ様に少しづつ降りて来た。
観戦者の眼は舞の竹刀の動きに釘付けだった・・・はずだが皆が気付いた時には多恵の竹刀が遠くに飛ばされていた、見ていた者達は驚いた、が一番驚いたのは竹刀を飛ばされた本人。多恵だった。
それから暫く、ゆっくりとした舞の竹刀の動きは続いたが突然、正眼に戻し開始線に戻り直ぐに左手に持ち替え待機の姿勢を取った。
多恵は茫然と飛ばされた自分の竹刀を見つめていた。
舞のゆっくりと動く竹刀に釘付けだった審判が気を取り直し宣言した。
「橘舞殿の勝ちに御座います」
舞は礼をして待機所の自分の席へ戻って行った。
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