第156話 準決勝 少年の部 第一試合

「これより少年の部を始める、柳生新陰流・井上 順之介殿、橘流・大岡 誠一郎殿・・・お仕度お願い申しあげまする」

名前を読み上げる係りの者たちも段々と要領を覚えて来ていた。


誠一郎も他の橘道場の者達と同じ様に木刀か竹刀かは相手に合わせる様にしていた。

順之介は木刀選んだ、それを見た誠一郎は同様に木刀を掴み開始線に向かった。

二人が開始線で左手に木刀を持ち開始の掛け声を待った。

「審判の某(ソレガシ=私)の指示に従って頂く、宜しいな、宜しいな・・・は・じ・め~~」

二人は開始線上でゆっくりと右手で木刀を握り刀を抜く様にして木刀を正眼に構え合った。

そして順之介はゆっくりと近づいて行った・・・が誠一郎はその場に留まり木刀を右に右の片手に持ち替えた。

それを見た順之介は前への歩みを止めた。

彼も当然、自分が試合っていない時に見られる試合は全て見ていたので、その構えには見覚えが有った・・・そう、龍一郎が取った構えだった。

順之介はもし誠一郎が龍一郎の様にできたなら不利になると解っていながらも誠一郎にも出来るのかに興味が湧いて見入ってしまった・・・見入ってしまったのは彼だけでは無かった。


「隠居、あの少年も二人になるのじゃろか」

「儂にも判らん」


「俊方、あの少年も二人になれるのか、なるのかのぉ~」

「申し訳も御座りませぬ、伺い知れませぬ」

「見ておるしかないか・・・出来ると良いのぉ~」


静まり返った場内に小さく「ブーン」と言う音が聞こえ始め、「ザ、ザ」と言う音も加わった。

だが、龍一郎の時と違う処が有った、「ブーン」の音が小さく「ザ、ザ」の音が遥かに大きいのだ。

皆が音に聞き入っていると誠一郎の姿が二人になり始め右にもう一人が薄っすらと現れ始めた。

皆が固唾を飲んで見ていると右に現れたもう一人の誠一郎の姿が何時まで経っても半透明のままで実態には到底見えないままだった。

暫く、その状態が続いたが突然、元の一人の誠一郎に戻ってしまった。

固唾を飲んで見つめていた観衆たちは「は~」とため息を漏らし次にがっかりした様に「何だよ」とか「真似だけか」とかの野次を飛ばした。

それは対戦者の順之介も同じだったが只違うのは自分には半透明の分身すら作る力が無い事を自覚させられた事だった。

順之介は誠一郎の若干の息の乱れを感じ、今が好機と打ち掛かろうとしたその刹那に誠一郎が又新たな動きをし順之介は又躊躇った。

誠一郎は今度は上段に構えを取ったのである。

会場がどよめいた。

「今度は、さっきの女子剣士の技をやるのか」

「あれができるだべか」

「又、猿真似でなかろか」

など騒めいた。

誠一郎の木刀が少しずつ降りて来た、ゆっくりとゆっくりと降りて来た。

群集が騒めいた。

「おぉ~出来ているでね~か」

「あの若いのなかなかやりおるやりおる」

などと声が飛んだ、だが次の瞬間にその声は落胆のものに変わった。

木刀がゆっくり降りていると思ったら少し上がり、次には下がりと安定しなかったのだ。

「なんじゃありゃ~猿真似ででぇ~か」

「馬鹿こくでねぇ~あげなこつおまんに出来るだか~」

「出来る訳ねぇ~べ」

「ほれみべぇ~」

「んだば、あの女子剣士はすげ~剣士だな~」

「んだんだ、ありぁ~ばけもんじゃ」


「俊方、不完全とは言え、これ程の事が少年が出来る橘は凄いものじゃのぉ~」

「はい、真に」


誠一郎本人も不完全さを痛感したのか技を止め正眼に構えを戻した。

誠一郎がいろいろと技を試している間、対戦者の順之介はじっと正眼を崩さず構えていた。

これでまた相正眼に戻り又暫く時間が流れた。

今度も誠一郎が先に動いた、するすると正眼のままに後に下がり間を十分に開けた、それはまるでこれから薩摩示現流の打ち込みを行う様な間合いだった。

順之介もそう予想し木刀を握る手に力が入り表情も厳しいものに変わった。

だが、誠一郎が取った次の行動は全く違っていた、順之介も見ている者達をも唖然とさせた。

何と木刀を右手一本に右側にだらりと垂らし何の躊躇いも構えも無く無造作に前に順之介に向かって歩きだしたのである。

それは圧倒的な差だった、無防備で近づく誠一郎に木刀を身体に引き付けた順之介が肩口へと得物を振り下ろした、だがそれは僅かに左へ体をずらしただけで躱され空を切り順之介の左へ回り込んだ誠一郎が腹へと木刀を送り込んだ、但し、小兵衛と同じ様に寸止めし身体を木刀に乗せ回すに留めた。

すかさず審判の声が響いた。

「大岡誠一郎殿の勝ちに御座います」

この勝ち名乗りの時には既に誠一郎は開始線に立って待っていた。

順之介は力無く立ち上がると礼をして控えの席へと戻って行った。

誠一郎も控えの席へと戻り道場の仲間と同様に瞑目に入った。

先程までの誠一郎に対する野次が嘘の様に静まり返っていた。


「隠居、さっきの二つの技は何だったんだ、こげに強い童でねか」

「あぁそうじゃのぉ、勝ち負けの勝負なら何時でも勝てたろうて、試しておったのかのぉ~」

「試すって何をだ~」

「自分の二つの技がどこまで相手に通用するかじゃよ」

「通用するもしねぇも出来なかったでねか」

「多分じゃが竹刀では上手く行っていたのじゃろうて」

「木刀と竹刀じゃそげに違うか」

「儂にも判らん」


「俊方、あの小姓は忠相の倅と聞いたが・・・強い、強すぎる、忠相も一角の剣士と聞いておるが其方は立ち会うた事があるか」

「いえ、今だ機会は御座いませぬ、ですが倅の強さを見ますに、その様な機会が来ぬ事を祈りとう御座います」

「いや、儂は見とうなった、覚悟せい」

「ははぁ」

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