第155話 準決勝 女子の部 第二試合

「女子の部・・・無外流・安田久美殿に対し橘流・橘佐紀殿の第二戦を行います、お仕度をお願い申す」

呼び出しの係り員の張り上げた声が場内に響いた。


佐紀も同じ様に対戦者の久美が木刀を選ぶか竹刀を選ぶかを観察していた、久美も佐紀の方を見ていた・・・二人は暫く見つめ合い久美が先に視線を外し木刀を握った。

佐紀も木刀を握り二人は開始線で向き合った。

審判が二人の姿と顔と体調を伺い声高らかに叫んだ。

「これは殺し合いでは御座らぬ・・・審判の某の指示に従って頂く、よろしいな・・・は・じ・め~~」

久美は間髪を入れずに正眼に木刀を構えた、それに対して佐紀はゆっくりと木刀を久美と同じく正眼に構えを取った。

暫く、二人は相正眼で向かい合っていた。

突然、佐紀の木刀の切っ先が徐々に上へと動き出し上段へと構えが変わった。

又暫く、二人はその態勢で向き合っていた。

久美は迷っていた、対戦者の佐紀が隙だらけの様に見え、また気が感じられないので誘いの様にも感じて攻撃の時期を伺っていた・・・痺れを切らした久美が突きに転じ様と決意した、その瞬間、突然また佐紀の上段に構えた木刀がゆっくりと動きだした、だが今度は下に向かってだった。

その動きはゆっくりとゆっくりとしたもので瞬間には動いていない様に見える程だった。

久美は突きを躊躇い佐紀の木刀の動きに魅せられていた。

その佐紀のゆっくりとした木刀の先端付近が対戦者の久美の木刀に触れようとした時に静寂に包まれた場に大きく「カーン」と音が響いた。

次の瞬間に対戦者の久美の木刀が地面に落ち、久美は両手を腹の辺りで握り身体を丸めて蹲ってしまった。

時が止まった様に静寂は続いていた。

どれ位の時間が経ったのか、一瞬だったのか、四半刻も経ったのか、審判がはっと気が付き佐紀が既に開始線に戻り静かに佇んでいる事に気が付いた。

「橘佐紀殿の勝ちにございまする~」

これまでの試合では勝ち名乗りの後は大歓声に包まれる事が常であったがこの試合の後は違っていた。

余りにも自分が見せられた光景が不思議で理解できず、何を見せられたのか判断の会話がそこかしこで語られていた。

蹲ったままの久美を控え席に戻さなければならないが男である審判は触る事も出来ず困っていた。

すると佐紀が歩み寄り自分の木刀を一人の係りの者に預けると久美の木刀を拾い久美の元へと歩んだ。

そしてまた場内の皆が驚く事が起こった。

桜の側に木刀を片手に持った佐紀がしゃがむと久美の首の下と膝の下に両手を入れてすっくと立ち上がり久美の控えの席へと歩みだしたのである、その歩みは手にまるで菓子の軽い包みを持っただけの様に軽やかなものだったのである。

久美を控えの席に静かに横たえると佐紀は中央に戻り自分の木刀を受け取ると自分の控えの席へと戻り静かに眼を閉じて座った。

その間、場内はまだ静寂に包まれていた。

戻った佐紀の隣にはお久が同じ様に眼を閉じて静かに座っていた。

次の試合はこの二人が戦う事になるのであるが、二人はまるで気にしている様では無かった。

場内は静寂から変わりひそひそ声が聞こえ始めどよめきへと変化し喧騒へと変わって行った。

勿論、話題は佐紀の技の話と桜を運んだ時の事で有った。


「凄い打撃じゃった、相手の木刀を叩き落とし手を痺れさせた、凄まじいものじゃて」

「だがよ~あの見目麗しい奥方様はよ~そのお姿の様に優しく静かに木刀を当てた、うんにゃ触れただけだったぜ、隠居」

「儂にも、そう見えた・・・が・・・」

「が、何だよ」

「が・・・何かが無ければ相手の手が痺れたり痛くはならんじゃろうが」

「まぁ確かになぁ、訳が解らん、隠居が解らんのだから所詮おらには解らん」

「そうじゃ儂にも判らん・・・解る者は橘道場の者らだけじゃろう・・・て」

「えぇ~あのカラクリが解る奴がいるのけ~」

「当たり前じゃ、おまんも知っとろう、あの奥方様は数年前までは町屋の娘じったのをよ、と言う事は誰ぞが師匠と言う事じゃろが~師匠には解るのが道理じゃろう」

「そうか、そうだな・・・師匠って誰だ、隠居」

「知ってどうする、種証しでもして貰うつもりか~」

「やっぱ無理か」

「当たり前じゃ馬鹿者」

「あぁどうせ俺は馬鹿だよ、馬鹿ですよ」


「俊方、今のはどうなっておる」

「私めにも正確には判りかねます、ですが想像はできます」

「想像でも良い、言うてみよ」

「上様が先程命名されました、分身の術の一種ではなかろうかと存じます」

「龍一郎のあの二人に見えた技か」

「左様に御座います」

「う~む、解らぬ、申せ」

「女子の後ろ髪が僅かに揺れておりました・・・静かに微動もせずに立っている様に見えて実は動いていた・・・木刀を素早く振り上げ素早く振り下ろし一点で止める、また素早く引き上げ素早く振り下ろし一点で止める、これを繰り返し止める一点を少しづつ下げていく・・・すると常人には少しづつ静かにゆっくりと降りている様に見える・・・・・・のではないか・・・と思われまする」

「う~ん、理屈は判った、それで其方は出来るのじゃな」

「一派を束ねる主、上様の剣術指南役の者として、出来ます・・・とお答えしなければなりませぬ・・・成りませぬが、残念ながら出来ぬ自信の方が強うございます、申し訳も御座りませぬ」

「良い、良い、所詮其方も人の子じゃ・・・奴らは鬼人、化け物じゃ、剣のな・・・しかし、解らぬ、解らぬ、数年まえまで剣、いや竹刀さえ握った事も無いでああろう者、それも女子がどうしてあの様に強う成れるのじゃ・・・秘術、薬、まさか阿片ではあるまいな!!!」

「上様、お言葉を返す様ですが聞くところに寄りますと阿片を使う者は確かに常人よりも異常な力を出すと聞いております、ですが長くは続かず、その顔色は悪く身体はやせ細り病い人の様子になると申します、あの者たちは逆に至って常人よりも健康的に見えまする」

「そうじゃの~力が身体から溢れ出てきそうじゃ」

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