第154話 準決勝 女子の部 第一試合
残りが各組毎に四人づつになった。
吉宗は指南役の俊方を側に呼び耳元に囁いた。
指示を受けた俊方は直に審判に告げに行った。
直後に組み合わせの発表の係り員の声が響いた。
その組み合わせは出来るだけ橘道場の者達が次に対戦しない組み合わせだった。
だが成人の部だけはそうは行かなかった、何故なら四人の内三人が橘の者たちだったからである。
審判は語った。
「最初に女子の部、次に少年の部、次に成人部と致す、準備を成されよ、組み合わせは・・・・・・
女子の部は中条流・須田桜殿に対し橘流・竹内久殿、今一組は無外流・安田久美殿に対し橘流・橘佐紀殿となり、少年の部は柳生新陰流・井上順之介殿に対して橘流・大岡 誠一郎殿、柳生新陰流・井上多恵殿に対して橘流・橘舞殿となり、成人の部は七日市藩流・岩澤平四郎殿に対し橘流・橘 龍一郎殿、無外流・安田治五郎殿に対し橘流・橘小兵衛殿と致す」
期せずして・・・いや吉宗が考えた組み合わせであるから意図してである。
橘流に対他の流派の構図となり少年の部に至っては柳生新陰流対橘流、男対男、女子対女子と言った巧妙な組み合わせで有った。
組み合わせが発表された途端に場内から玄妙な組み合わせに唸り声とも歓声とも点かない声が上がった。
「では、此れより女子の部を始める・・・中条流・須田桜殿、橘流・竹内久殿・・・出ませ~い」
審判の声が響いた。
すると場内の何処かから大きな声が響いた。
「罪人の呼び出しじゃね~んだよ~~出ませいは無いじゃないか~」
この言葉に場内に「そうだ、そうだ」と声が響き大合唱になった。
「あの呼び出しの審判は橘の道場には行っておらん様じゃのぉ~」
「何でだ隠居、何で判るんだ」
「道場に行って居ればじゃ竹内久殿とは呼ばぬし、あんな邪見には到底できんて~」
「何でだ隠居、訳が判らん」
「竹内姓は元の姓じゃ今は館長の奥方で橘じゃ、それにな、とてもじゃないが恐ろしくてあのような呼び出しなど出来るものか」
「えぇ~優しそうな婆さんじゃないか」
「婆さんなどと本人の前で言うてみろ・・・お前の首が何処かに飛んでいくわい」
「い~~そ・そ・そんなに怖いのか~強いのか~」
「儂ゃの~あの奥方が熊の様に大きなならず者を叩きのめすのを見た・・・それも二度じゃぞ」
「ならず者・・・道場破りか?」
「そうじゃろう~な、兎に角、大きな男じゃった」
「それをあの奥方様が倒したのか」
「倒した何てもんじゃね~、叩き延ばした、気を失うたわい」
「二人ともか」
「ああぁ、二人ともじゃ、一人なぞ一撃じゃった」
「一撃ってたったの一発か」
「の様に儂にはみてたがなぁ~・・・解らん」
「あ~ん、おらはあの婆様は・・・奥方様と呼ぶ事にすべぇ~、隠居よぉ~」
「儂は以前からそうお呼びしておるぞ」
「おらもそうすべぇ~」
「基(もとい)、此れより女子の部を始めまする、中条流・須田桜殿、橘流・橘久殿、お仕度をお願い申し上げまする」
「今度は偉く仰々しいじゃねぇかよ~~、やれば出来るじゃね~かよ~~」
今度も大きな野次が飛んだ。無論、今度も場内中の大受けであった。
「あの者、明日から市中が歩き難くかろうのぉ~」
吉宗が独り言の様に誰にとも無く言った。
聞こえた幕府の重鎮たちが「にやり」と笑い同意していた。
お久は静かに座ったまま相手が得物、つまり木刀を選ぶか竹刀を選ぶかを待っていた。
お久には得物により方法を二通り考えてあった。
相手がもし木刀を選んだ場合は小兵衛と同じ様に相手の打ち込みを受け流し疲れが見えた処へ打ち込む・・・と考えてあった。
見ていると相手の須田桜は一瞬迷った様だが竹刀を手に取った・・・のでお久は別の手で行く事にした。
二人の対戦者は歩みよ寄り開始線で止まると礼を交わした。
審判がそれを確認し声を掛けた。
「はじめ~~」
二人が相正眼で構え合った・・・と皆が思っていた処、桜の身体がお久の竹刀を軸に回転し足が空に向い突き上げられ次の瞬間には桜の身体は地面に横になっていた。
場内は慎として声も無くお久が開始線に戻る足音だけが響いていた。
仰向けに倒れた桜は腹の上に竹刀を空に向かって立てていた、正眼の構えのままだったのだ。
三人の係り員がゆっくりと用心して桜に近づき二人が同時に竹刀の先端と握りに近い部分を掴んだ、その後、もう一人が桜の肩を軽く叩いた。
気が付いた桜は竹刀を振り回そうとしたが二人の男に竹刀を掴まれていて叶わなかった。
そして周りを見渡し状況を理解し対戦者のお久が開始線にいる事を確認すると竹刀から手を離し自分の開始線へと向い礼をした。
お久も礼を返し控えの席へと戻って行った。
桜も竹刀を受け取ると控えの席へと戻って行った、但しこちらには係りの三人が後に従っていた。
先の勝負で負けた者の一人が控えの席に戻る途中で走って引き返し勝者を後から襲った者が居たからである。
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