第148話 第五回戦-その一

中央の檀上で男が手を上げると会場全体が静まり、その静寂の中で対戦者の名が呼ばれた。

「これより対戦相手はくじでは無く指名とする・・・橘流・橘小兵衛殿、新陰流・池田安二郎殿」

最初の戸惑いから拍手と大喝采に変わった。

無論、指名したのは将軍・吉宗である。

二人が一つとなった試合の場に足を踏み入れ対峙した、得物は二人とも竹刀であった。

二人が挨拶を交わし審判が合図した。

「はじめ」

試合は相正眼から始まった。

一人は剣技において今売り出し中の剣士、かたやひと昔前とは言え江戸一の剣豪と言われた男である、だが齢六十の男に勝ち目があるとは誰にも思われなかった、いや、小兵衛の仲間ともう一人、そう対戦相手の男だけは別だった。

小兵衛の並々ならぬ力量を感じていた、殺気が感じられぬ力量に空恐ろしさを感じ始めていた。

小兵衛はゆったりと竹刀を正眼に構え力みが一切なかった、対する池田安二郎は徐々に身体が強張り汗が滴り始めていた。

そんな中、意を決した様に池田が正眼の構えを上段に移し一機に間合いを詰め面を打ちに行った。

小兵衛は相手の竹刀を引き付けるだけ引き付け体を右に流し胴を打った。

ここで不思議な事が起こった、池田の身体がまるで小兵衛の竹刀を軸に回転したかの様に一回転し上を向いて倒れたのである。

他の剣者も剣術好きの観客も初めて見る光景に驚きの余り歓声を忘れる程だった。

だが、それも一瞬で大喝采へと変わった。

「流石は昔とは言え江戸一の剣豪じゃ」

「あの御仁は本当に還暦かの~、倅ではないのか」

「うんにゃ、儂は道場で本人と倅を見た、あの御仁に間違いない」

「しかし、あんな胴打ちは見た事が無い、あれはなんなのかの~隠居」

「さあ~儂も長い間、剣術を見て居るが、あないなものは始めてじゃ」


敗れた池田が何事も無かったかの様に立ち上がり二人は挨拶をし下がった。

小兵衛が竹刀を当たる寸前で止め池田の体を竹刀を中心にして回した。

その為、池田は何の負傷も無かったのである。

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