第140話 三千両

「不思議なものですな~龍一郎様、向こうから話が来るなど・・・好都合な事で」

「そうよな~、儂も上様までが興味深々とは思わなんだ」

加賀屋と能登屋の間の地下室で龍一郎と加賀屋、能登屋の主人と番頭の計五名が会っていた。

「それで、金子はいか程で何時何処にお届けしましょうか」

「何本当に其方らが出すと言うか」

「はい、龍一郎様の為でしたら、五万両でも十万両でもお出し致します・・・今回は我らも勧進を致そうと思っておりました故」

「有難い、当初は三千両で良かろう、道場に届けてくれぬか」

「畏まりました、ところで龍一郎様が出す御積りだったのですか」

「そうじゃ、其方らに迷惑は掛けられぬでな」

「何を申されます、こう言う時の我らで御座います、金子の事は全てお任せ下さい、我らようやくお役に立てます、嬉しい限りです」

「忝い」


翌日、駕籠に乗せられ加賀屋と能登屋の番頭二人が付き添い三千両が橘道場に届けられた。

前日に続いて稽古に来ていた幕府要人五人は御用部屋に割り当てられた部屋に届いた千両箱三つを前に呆けた様に座っていた。

幕府要人と言えども三千両は大金だった。


「龍一郎殿、それで勧進元を何処とすれば良かろうか」

五人は三千両を見た後、礼にと龍一郎の部屋を訪ねていた。

そこには既に小兵衛が居た。

「加賀屋と能登屋で御座います」

「・・・加賀前田家の御用商人・・・成程、分限者も分限者、大分限者ですな~」

「いかにも、いかにも」

「加賀屋と能登屋の番頭二人がこちらに詰める事になり時々大番頭が顔出すそうに御座います」

「それは何とも我らの勘定方と言うても武士は武士、所詮金子の事は商人に叶わぬ・・・良いではないか、そうは思いませぬか、加納殿」

「中山殿、それ以前に金主が金子を仕切るは当然の事に御座ろう」

「いやいや、これはしたり」

「我らの役目の一つは金子を守る事で御座るよ、中山殿」

「いかにも、いかにも」

「おぉ、忘れておった、勧進は金主で良いが日乃本の行事故に主幹は上様となり申す・・・正直に申してこれは言い難いのじゃが・・・主幹からの開催認可の条件がござる・・・言い難い」

「それ程の無理難題に御座るか、加納殿」

「いや、無理難題では御座らぬ・・・そうよな・・・虫が良すぎる・・・であろうか」

「虫が良すぎる・・・と申されると・・・うむ・・・考えも着かぬ」

「大岡殿でも判るまい・・・条件として七日市藩で行われた指南役公募のおりに最後に残った二人を此度の会に出場させよ・・・と申されておる・・・ 虫が良すぎる・・・であろう」

「はて、それの何が虫が良すぎるで御座ろう」

「水野様は七日市藩で行われた指南役公募の一件をご存知になりませぬか」

「読売にもなったで知っておるつもりじゃが・・・大岡殿」

「最後に残った二人をご存知でしょうか」

「そう言えば、誰が指南役になったかまでは知らぬ・・・な、誰かご存知か、大岡殿、中山殿」

「はい・・・平四郎殿と龍一郎殿のお二人で御座いますよ」

「なんと、そう言われれば、この道場の初日の試合で審判をした者が平四郎殿であったが、そうであったか、その時の呼称が七日市藩指南役であった」

「今はこの道場の客分師範代ですぞ、そして龍一郎殿は師範・・・二人をお望みか・・・まさか小兵衛殿もお望みでは無いでしょうな、加納殿」

「それはもう、小兵衛殿が出られるとなれば大いに喜ばれる事でございましょう、上様は日頃から年を重ねても強さを維持しておられる小兵衛殿に心服しておられるでな」

「儂に心服とな・・・勿体ないお言葉じゃ・・・龍一郎の御蔭じゃて」

「私は何もしておりません、父上の精進ですよ」

「そう聞いておこう」

「それで小兵衛殿、龍一郎殿・・・出ていただけるか・・・の~」

「出ましょう・・・私が出ねば会を開かぬのでしょう・・・とは思えませぬが出ましょう・・・但し、条件があります、女衆の部、少年の部を合わせて開いて貰いたい、少年の部には女の子供も受け入れる事・・・これが条件です」

「女衆と子供の部を・・・うん、うん、儂は良い考えと思う、上様も喜ばれよう、では、これにて失礼仕る、ご報告に参る故な」

御側御用取次の加納はそそくさと帰って行った。

「儂も失礼致す、まだまだ人選が足りぬ故な、では御免」

大岡もそそくさと帰って行った。

後を追うように残りの二人も帰って行った。

「龍一郎、あ奴らは何を慌てておるのじゃ」

「凡そ、配下の者を出すつもりでいたのでしょう・・・が我らが出るとなれば・・・」

「な~るほど、まぁ無駄じゃな」

「そう言う事です・・・この会に出ると言う事は剣の勝負だけでは無い・・・世に売って出る事を意味する、つまり素性が知れる・・・と言う事じゃ、それは四六時中誰かに狙われる事を意味する・・・三郎太なら解るはずじゃ」

話の途中から小兵衛が部屋の四方を探る様に振舞った。

「儂と平四郎殿、父上は既に世に知られておる、故にその家族たる者たちも知られておる・・・故に今度の会には佐紀にも出て貰う・・・世間への牽制じゃ、儂の弱みが弱みでは無いと言う・・・な、そして誠一郎殿にも出て貰う・・・お峰、舞・・・こちらはご本人の意思に任せる」

「ずる~い」

天井の一画から声が上がった。

「何、居るのか」

小兵衛が天井と畳の四方を見ながら叫んだ。

「舞、何時から居るのじゃ」

「舞だけでは御座いませぬ」

「何~誰が何時から・・・」

「皆、出て参れ」

龍一郎の呼び出しに皆が出てきた。

天井から平四郎、お峰、三郎太、お有、お久、清吉、お駒、誠一郎が・・・

床下にいた者たちが廊下から障子を開けて、富三郎、お景、正平、 お美津、平太が入って来た。

小兵衛がこれで全員かと思ったら隣の部屋との仕切りの襖が開き、お花と女将まで入って来た。

「何、待て待て」

小兵衛が全員を見回した。

「我らの仲間の全員が居るでは無いか、何とも、其方ら・・・うむ・・・儂も修行が足りぬ、全く気配を感じなかった」

「じいじ、全員では無いぞ、お佐紀様だけが居らぬ」

舞が小兵衛に教えた。

「何、佐紀が・・・・・・居らぬ・・・な」

「龍一郎様、舞は出ます」

「峰も出ます」

「そうか、良かったの~平四郎殿、誠一郎殿」

四人が下を向いて顔を赤く染めていた。

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