第141話 催しの布告
三日の後、町には金八、銀八の読売が催しを報じた。
その催しの名は「上覧享保剣術大試合」であった。
無論、南北奉行所を通じての情報である。
大体の処はこの様なものだった。
「処も日時もまだ未定なれど剣術の技前を競う催しを行う、男衆の部、女衆の部、少年の部と三つに分けて行う、その他決まり次第振れを出す」
そして以下の追加文があった。
「剣のみの催しである、槍、鎖鎌、手裏剣、弓矢、短筒は部外である。
槍を許せば弓矢もとなり、実践的となる、寄って剣のみとする。
この催しの趣旨は剣の技前を競うものであって戦では無い、寄って剣のみとする。」
通常お上は高札場に布令を貼り出すだけであるのに此度は読売に出させた、無論、高札場にも貼り出されたが、何と金八、銀八の読売が貼り出されたのだ。
読売が先なのが稀であるが高札場に読売が貼られるなど聞いた事も無かった。
それ程、此度の「上覧享保剣術大試合」が特別中の特別なのである。
街ではこの読売と布令に沸き立った。
これまでは誰が強いかが話題であったのだが、今度は誰が出るかの予想に変わった。
巷の噂には小兵衛、平四郎、龍一郎の名も上がっていたが佐紀の名も上がっていた。
それには二度に渡る武勇伝が読売に乗った事が要因だった。
読売の「望む出場者」の第一番に佐紀の名が上がっていた。
第二番が小兵衛でひと昔前の剣豪が今も健在か・・・との好奇心が要因であった。
後は小兵衛や龍一郎の様な道場の館長、師範、師範代が並んだ。
他に出てほしいが見込みの無い人物として「剣術指南役・柳生俊方」の名が有った。
だか大和柳生藩の藩主でも有り望めぬ事である・・・と記して有った。
「龍一郎、俊方殿は出て来ぬか・・・の~」
小兵衛がたまさか江戸に戻っていた龍一郎に尋ねた。
「館長、読売にある通り柳生様は小名とは言えお殿様ですからな・・・出ぬでしょう」
龍一郎に変わって三郎太が答えた。
「じゃの~、ところで其方は出る様に言われておらぬが出たくはないのか」
「何故ですか、ご隠居」
「何故と言うか・・・それは己の腕、剣技の技量を計る為に決まっておろう」
「己の技量は判っております、わざわざ人前で試す必要は御座いません、ご隠居は、平四郎様はこの大会でなら龍一郎様に勝てると思いますか」
「うぅ、・・・勝てぬ・・・勝てるはずも無い、じゃが龍一郎、平四郎、三郎太意外の者にはどうかが解ろう」
「はい、私が出ずともご隠居が勝てれば私も勝てます・・・それに私は影の者です・・・人前に出ては役に立てませぬ」
「うぅ~・・・偉い、三郎太、ぬし(お前)は偉いの~」
「はい、某もまだまだ修行が足りませぬ、どうしても我が腕を試したい」
平四郎が小兵衛に賛同した。
「三郎太、其方は良いが一番弟子は出たがろうが」
「いいえ、以前は虐められた奴に仕返しなどしておりましたが・・・今は馬鹿馬鹿しいと・・・真に強い者は己の力を隠す、知られぬ様にするものだ・・・などと言うております」
「うぅ、師匠も師匠なら弟子も偉いものじゃの~な・・・平四郎」
「はい、ご隠居、私は何時になったら真に強い者に成れますやら」
「儂もじゃ、そう言えば龍一郎の怒った処を見た事が無い、と言うよりも声を荒げた処も見た事が無い・・・う~む、まこと真に強い者はああ成るのか・・・の~」
「確かに、龍一郎様の怒り、悩み・・・負の感情を見た事が御座らぬ」
「龍一郎、どうなのじゃ、怒り、悩みは無いのか、どうじゃ、悩みくらいあろう」
「はい、怒りを感ずる事は御座いませぬ、が悩みは御座います・・・龍之介の名を悩みましたので父上にお願い致しました」
「何、あの時以来悩みは無いのか、随分前では無いか、そんなはずは有るまい」
「・・・悩み、悩み・・・あぁ今悩んでおります」
「馬鹿者~、呆れた奴じゃ、駄目だ平四郎、こ奴は本性を見せぬ」
「ご隠居、そうでは御座いません、龍一郎様は真に悩みが無いのでしょう、此度の旅で龍一郎様を見ておりましたが悩む姿はありませなんだ、どちらかを選ぶ場面も御座いましたが即決でした、それも何度も何度も見ましたが全てが即決で御座いました、悩む、考える様子は有りませんでした」
「何とま~こ奴は動きが早いばかりか頭の中まで早いのか・・・化け物じゃの~」
小兵衛が関心した様に見ていたが、平四郎は身震いし本当に化け物でも見るような顔で龍一郎を見ていた。
小兵衛たちが話している間、当の龍一郎はにこにこと話を聞いていた。
その屈託の無い微笑みがより一層の恐怖と畏敬を平四郎に齎した。
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