第130話 七日市藩の探索

お峰と龍一郎の二人が郷を後にして歩きながら詳しい事情を聞いた。

平四郎を心配する余り要領を得なかったお峰の話を龍一郎は何とか落ち着かせ事情を察した。

「お峰殿、私は先に参る、其方はゆっくりと無理をせずに参れ、良いな」

「あぁ、はい、私に合わせてでは遅いのですね、解りました、どうぞよろしくお願い申します」

お峰が願いの言葉を口にし礼をして顔を上げた時には既に龍一郎の姿は無かった。


それから半刻後、平四郎が捕らえられた牢小屋の天井から小さな声がした。

「平四郎殿、大事無いか ???」

「龍一郎様、お手を煩わせましたか、お峰殿が知らせましたか」

「ま~そうじゃな、で、何が解ったな」

進んで捕縛された事を察した龍一郎の問いだった。

「はい、・・・」

平四郎はこれまでの事を全て話した・・・と言っても大したものでは無く、留守居役が絡んでいる、と言う事だけだった。

「上を向いて口を空けられよ、平四郎殿」

龍一郎の言葉に従い平四郎が上を向いて口を開けると一滴二滴と水滴が落ち続いて糸を引く様に水が流れた。

一瞬の事だったが平四郎には十分で口の中で水を転がし「ゴクリ」と飲み込んだ。

「忝い、龍一郎様」

平四郎の礼の言葉に返事は無く、龍一郎が既に何処かに行ったと悟った。

「忝い」

誰も居ない天井に向かって平四郎は再度の礼を言った。


七日市藩藩主は書院に居て書物を読んでいた。

護衛も居たが隣の部屋に一人と書院の外の廊下に一人と計二人だった。

龍一郎は次に藩邸内にいる留守居役の家の床下に居た。

龍一郎は思い返していた、藩の指南役を決めた日の事で、あの日、指南役が決まった後、家老の部屋で夕食のおりに留守居役の小田輔市郎(スケシロウ)に会った事をであった。

留守居役の家には客がおり小声で話し込んでいる為に天井裏では聞こえず龍一郎は床下に移動したのだ。

「御留守居役様、あ奴は筆跡が違う、書いた覚えもないと申し爪印も無い・・・とも言うておるそうな」

「吟味方の辻村も書付を渡したおりにそう言うておった・・・が儂の一言で納得したと思うておったが・・・」

「辻村も納得して居らなんだ様で、あ奴の言葉に疑いを濃くした様に見えまする」

「辻村・・・め・・・儂の言う事を聴けば良いものを・・・あ奴、あ奴をこちらに引き込めぬのか???」

「某も何度も粉を掛けてみましたが・・・代々の吟味方に御座れば弱みも御座いませぬ」

「あ奴がいなく成れば次はどうじゃ」

「辻村を消せ・・・殺せと申されますか・・・確かに次席の者は某が許可をし異例の前借りをしておりますれば某の言いなりとは成りましょう」

「では・・・もう一度懐柔し駄目なれば始末致す他あるまい・・・ここは国元では無いでな江戸家老にでも報告されてみよ・・・我らの首も危ないでな・・・まぁ~その時は近習頭に始末させるのだがな」

「私は勘定方で剣には自信がございません・・・吟味方を相手にできませぬ」

「銭で仕事を受ける浪人ものを使えば良かろう、以前にも使うた者がおろうが」

「はい、ですが剣技場が潰れまして今は何処に居るものやら・・・」

「そうであったなー、うむー、そうじゃ今評判の橘道場の者はどうじゃ」

「とんでも御座いませぬ、あそこに通う者の大半は奉行所の与力、同心でございます」

「奉行所の役人とは言え銭には勝てまい・・・誰かおるであろう」

「腕の立つ者程金の値が高う御座います、何か書付を頂きたいのですが」

「解っておる、又儂が親藩の若君を接待した事にするわ」

「大丈夫で御座いますか、噂に寄りますと嫡子若君は何処に居られるか解らぬ・・・と聞いておりますが」

「だから良いのでは無いか、影ながら儂がお世話を申し上げておる・・・と言う訳じゃよ」

「なるほど、あぁ、今気づきましたが平四郎は橘道場の高弟で御座いますぞ」

「何、あ奴、橘の門弟か・・・うむ、まぁ橘の者を誰にしろこちらに取り込むには時が要ろう、今回は時が無い何処かの飲み屋辺りで浪人者を雇うしかあるまい」

「近習頭にお願いは出来ませぬか」

「あ奴・・・用心深い奴でな、儂に依頼の文を書かせおる・・・二枚の依頼の書面を書かされた」

「先の勘定方と吟味方ですな」

「言うな、奴が捕らえられれば儂も終りじゃ・・・頭の回る奴よ・・・まぁその知恵を借りて儂も国家老からの依頼は文面で貰う様にしたがな」

「では、私めも文にてお願いもうします」

「馬鹿者、其方には勘定文があるでは無いか」

「明日にも浪人者を探して参ります」

「明日で間に合うかのー」

「では、これから参り今晩中に始末致します・・・宜しいですか」

「其方も大胆になったの~」

「どなた様かとお付き合いが長くなりますと知恵も度胸も付いてまいります」

「儂のせいと申すか」

「誰とは申しておりませぬ・・・ではこれより探しに行って参ります、御免下さい」

勘定方頭と思しき男が退室して行った。

「そろそろ儂も江戸家老になる時かも知れぬな」

留守居役の独り言が漏れた。

龍一郎は近習頭の持つ留守居役が書いた書面と国家老が書いて留守居役が持つ書面を手に入れる事を心に留め置き床下から退去した。

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