第129話 取り調べ
七日市藩の今では道場と呼ぶ剣の鍛錬場では龍一郎とお佐紀のお陰もあり三十名を超える門弟が修行に励んでいた。
そんな朝まだ早い時刻に藩の勘定方が捕り方を連れ道場にやって来た。
「岩澤平四郎は居るか」
先頭の男が大声で呼び掛けた。
門弟たちが何事かと修行の手を留め入口を見た、その後館長の平四郎に視線を移した。
「その方が平四郎か」
「はい、私が岩澤平四郎でございますが・・・まずは土足は御止め願いたい」
「煩い、皆の者、捕らえよ」
一瞬、平四郎は活路を開き逃げ出そうとしたが、素直に竹刀を師範代に渡し言った。
「後を頼む」
「はい」
捕り方たちは平四郎を罪人の様に後ろ手に縛り何処かへ連れて行った。
小さな藩だ皆は何処に連れて行ったかの予想はついていた。
平四郎が連れられて行かれた処は親藩の加賀藩の様な大名であれば大きな建屋で牢屋敷と呼ばれるが七日市藩の様な小名では牢小屋であった。
平四郎は捕縛される前に逃げ様と思えば逃げられたが「どの様な罪・咎(とが)で捕縛されるのか、捕縛されるには証拠があるはずだがどの様な証拠か、又平四郎には藩に仇成す事をした覚えが無い故に証拠をでっち上げ罪を着せようとする者がいるはず」と咄嗟に考え逃げる事を思いとどまった。
逃げようと思えば後ろ手に縛られた今でも易々と逃げる自信があったから落ち着いていた。
また、その一味と黒幕たちは平四郎と龍一郎の繋がりを知らぬのか龍一郎が親藩である加賀藩
所縁の者と知らぬ・・・と判断ができた。
龍一郎の目的が加賀藩の不正を正す事にあると知る平四郎に取って縁続きの七日市藩の不正を正す好機かも知れぬと思えば千載一遇の機会にも思えた。
二人の牢役人が部屋の隅に立つ牢小屋に入れられた平四郎は部屋の真ん中に座らされ半刻以上もそのままにされた。
やがて上物とは言えぬ着物を着た男が現れ名乗った。
「勘定吟味方 辻村洋次郎である、その方、藩の道場を預かる岩澤平四郎であるな」
と身分の確認をした。
「はい」
「その方、藩の公金二百両を私(わたくし)しした事、相違ないな」
「公金二百両と申されますと何の公金でございましょう」
「この期に及んで白を切るつもりか、証拠も上がっておるのだぞ」
「某(それがし=私)これまでの人生で二百両などと言う大金に触れた事も目にした事もござらぬ」
「まだ、言うか」
吟味方が懐に手を入れ紙を取り出し書かれた文書を開いて平四郎に見せた。
平四郎は書面に表題として「道場改修・・・」の文字と最後に自分の名前を見たところで紙が折り畳まれ懐に戻された。
「辻村様と申されました・・・か、もう暫くお見せ下され」
「見直したところで内容が変わる訳でもあるまい」
「いいえ、某、道場の改築など知りませぬし、その様な文面も見たのは今が初めてで名を書いた覚えもございませぬ」
「今さら言い逃れを致すか」
「言い逃れもなにも、某の名は某の手によるものではございませぬし、爪印もございませんでした、故に今一度お見せ頂きたい・・・と申しており申す」
辻村が一瞬たじろいだ・・・と言うのも辻村自身が書付を渡された時に指摘した事だったからである。
「黙れ、黙れ、その方の口車には乗らぬぞ」
「口車でも言い訳でもございませぬ、辻村様はどなたから書付を渡されたかは存じませぬ・・・がその人物が小判を渡したのであれば爪印を押させぬのは不思議に思えますが・・・いかが」
「何を申す、某に書付を渡したのは御留守居役様であるぞ」
「恐れ多い事ではございますが・・・上様であろうとどの藩のお殿様であろうと証明の花押を書くのではありませぬか、それを一介藩士に金子を渡すに証明を取らぬ・・・あり得ますまい」
「・・・であろうな~・・・いや、御留守居役様は寛大な方故其方を信じたのであろう、危ない、危なく誑かされるところであった・・・今日はこれまでじゃ、明日には正直に言わねば身体に聞く事になると心得よ、良いな」
「・・・」
「良いな・・・と申しておる、返事をせい」
「・・・」
「えーい、もう良いわ」
吟味方が疑問を抱えた様な表情とも怒りに満ちた表情とも言える顔をして小屋を出て行った。
残されたのは平四郎と二人の見張りでその二人も昼餉を食べに行って戻っては来なかった。
平四郎には昼餉も水さえも与えられなかった。
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