第127話 佐紀の片鱗
夕食の後の何時もののんびりとした時間に三郎太が佐紀に願った。
「佐紀様、何時も背負っている袋に触れてもよろしいでしょうか」
甚八を含む皆がまたも驚いた。
佐紀とは親しい間柄と思っていた三郎太が佐紀に対して至極丁寧に畏怖を込めて願った事と三郎太も袋に触れた事が無いと解ったからでございました。
「どうぞ」
「私も宜しいでしょうか」
「どうぞ、皆さまもどうぞ」
三郎太に佐紀が背負い袋を軽々と渡した。
三郎太も驚いた、佐紀が軽々と渡してくれたので重くは無いと思っていたがとてつも無く重かったからだ。
三郎太の驚きを見ていた甚八がもぎ取る様に袋を持った。
甚八の後で次々に皆の間を渡り渡された人間はその重さに驚いていた。
そして驚きと畏敬の眼差しで皆が佐紀を見つめていた。
「そんな馬鹿な・・・これを背負って走り我々に対峙しました・・・のか・・・ですか」
甚八が続けて佐紀に尋ねた。
「如何なる修行にて・・・その細いお身体で・・・三郎太は知らぬのか」
「知りませぬ・・・勿論、龍一郎様のご指導でございます・・・よね」
「勿論、龍一郎様のご指導です、私はあの方の言われるままに修行しているだけです、龍一郎様の申すには、呼吸法と肉体の柔軟性が大事との事です」
「呼吸法と柔軟さ・・・でごいますか」
佐紀がゆるりと立ち上がり一歩下がると膝のあたりの着物を叩き膝に挟んだ。
何をするつもりかと皆が見つめる中、佐紀は両手を上に上げると次に身体を逸らせ始め手の平を踵の後に付けた。
驚くべき身体の柔軟性を見せた。
見ている忍びの彼らの中でもここまで出来る者は限られていた。
見ていると次に佐紀は足をゆっくりと上げ始めとうとう逆立ちしてしまった。
そしてそれで終りと思っていると佐紀は「ヒュー」と音を立てながら息を吸い肘を少し曲げ「はぁ」と掛け声を小さく掛けると上に飛び上がり身体を丸めると一回転して足から床に降り立った。
見ていた皆は「ポカーン」と口を開け呆気にとられ次の瞬間「おぉー」と感嘆の声が部屋中に響いた。
当の佐紀は何事も無かった様に静かに座り直していた。
「佐紀様、我らの中で出来るかも・・・と思われる者にやらせてみます・・・鈴どうじゃ・・・試してみぬか」
「はい、試してみます」
言うと立ち上がり弓なりになり逆立ちした、皆が次を期待してみていると・・・そこから何の動きも無く倒れてしまった。
「申し訳ありません、出来ません」
「良い良い、我らの修行ではその程度で上出来じゃ・・・誇って良い・・・ところで三郎太も出来るのではないのか」
「とんでも御座いません」
「佐紀様、我らも修行しだいで出来る様に成りますでしょうか」
「甚八殿・・・龍一郎様の申される通りに修行致せば必ずやできましょう・・・龍一郎様は今の鉄の重しの前は砂袋をお使いでした・・・ですが道具よりも修行の心持ちを大事になさいます・・・同じ修行をするにしても・・・そう例えば山下りで只下るよりも石に足を取られぬ様に意識する、周りの林の気配を意識する、一緒にいる仲間の位置・気配を意識する、組頭の合図を意識する、目的地の気配を意識する、周りの大気の乱れを意識する・・・それらの事を心に留め置く場合とそうで無い時の結果、効果は雲泥の差・・・と申されます。」
「・・・・ありがとうごさいます、精進致します・・・どうじゃ皆の者」
甚八は今までの自分たちの修行との差を理解し感謝した。
皆が期待と畏敬の顔で佐紀に「お願い申します」と土下座し願った。
皆にとって今や佐紀は師匠、神、仏、教祖になっていた。
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