第126話 統領 佐紀

そんな修行が続くある日、その日一回目の山走り修行で広場に降りて来ると女子が一人小屋の前に立っていた。

皆は途中で先頭を走る龍一郎の速さが増した理由が解った。

龍一郎が近づくと女子が走り寄り話始めようとするのを龍一郎が制し小屋を指さし佐紀と三郎太に「後を頼む」との目くばせをして二人で小屋に入って行った。

佐紀と三郎太が予定を変更し広場で剣術の指導をしていると二人が小屋から表れた。

龍一郎は佐紀と三郎太を呼び何かを伝えると女子を連れ山を下りて行った。

佐紀が皆に言った。

「龍一郎様は江戸より呼び出しが掛かりました、暫く留守に致します、ですが修行はこれまで通りに行います、これから再度山走りを致します・・・が・・・足の重しを追加します、一の組の者の否は認めません、二の組、三の組の者でおりますか」

と佐紀が皆を見渡した・・・皆が賛同した。

「もう一つ、腕、手首にも重しを付けて貰います、全員です」

また、佐紀が皆を見渡した、否を認めないのに見渡した。

修行の時の佐紀は夕食の後の佐紀とは別人の様に厳しい態度と表情だった、美貌の彼女の引き締まった厳しい表情は龍一郎よりも皆に恐怖を感じさせた。

佐紀にはそれが龍一郎に劣る処と解っていた・・・が・・・気持ちの余裕が無かった。

「走りの先頭は私が務めます、一の組、二、三と続きしんがりは同じく三郎太殿に願います・・・重しを付けて下さい」

当初からの付き合いで佐紀の優しさを知ってはいるが解ってはいるが今の佐紀の厳しさには日頃煩く質問する佐助も一言も口を挟めず従っていた。

皆の動きもキビキビとし龍一郎に貰った南蛮時計で10分も掛からず準備が出来組毎に整列し

全員が揃うと甚八が「全員準備できました」と佐紀に報告した。

「では始めます」との佐紀の声が掛かり佐紀を先頭に走り出した。

佐紀は龍一郎程気配を感じる能力が無い為後向きで山を登り始めた。

だがその速さは皆を驚愕させた。

何人かは皆が重しを付けているが佐紀様は重し無しでは無いか・・・と思った。

佐助もその一人で頂上に着いた時に尋ねた。

「佐紀様、大変失礼とは存じますが、佐紀様は重しをどれ程着けておられますか」

佐助には珍しく馬鹿丁寧な言葉使いで尋ねた。

それに対し佐紀は甚八、三郎太でも身震いする程の眼つきを返し無言で足首と手首を晒した。

そこには皆の三倍程の重しがあった。

そして背中に背負っていた袋を佐助に投げた。

受け取った佐助はその重さに尻もちを搗き驚きの「ひぇー」と声を上げた。

「其方は忍びには程遠い・・・では参ります」

と言うと佐助から袋を取ると背負い直し走り出した。

下りは佐紀も前を向いていた、だが皆を見ていないので凄まじい速さだった。

佐紀が広場に着き後を見ると最後尾の三郎太に急き立てられる様にかなり遅れて皆が到着した。

「どうなされた佐助殿・・・重しが足りませぬか」

「いえ、とんでも御座いませぬ」

佐助が息を荒げながら慌てて返事を返した。

「ではもう一度参ります」

佐紀の言葉に流石の三郎太も驚き

「佐紀様、暫くの休息をお願い申します」

と願った。

「・・・解りました、暫く休息しましょう、次は三郎太殿、其方が先陣を切りなされ」

「はい、ありがとうございます」

皆に安堵の表情が広がった。

その後、三郎太の先陣で二度の山走りが行われた。

剣術の稽古の最後に佐紀が皆に願った。

「ここの処私の修行が足りませぬ、皆で私に打ち込んで下さい、三郎太殿も・・・な」

「総がかり・・・ですか」

「甚八殿・・・さようです」

「・・・得物は」

「木刀でも竹刀でもお好きな物をお選び下さい」


四半刻後、三郎太を含む皆が息も絶え絶えに地面に寝そべっており、佐紀はそれを暫く眺めて山走りに行った。

「三郎太、佐紀様は化け物じゃの~あの方は本当に町屋の娘であったのか」

「はい、間違い無く・・・廻船問屋の娘、お嬢様でございました・・・のはずですが・・・私もこれ程とは思いませんでした・・・しかし、それだけに佐紀様の修行はどのようなものだったのか・・・と」

「そうじゃな~我らは幼き頃より修行をして来た・・・それがこれじゃ・・・佐紀様の修行は生半可なものではあるまい」

などと話している内に佐紀が戻って来た。

もう往復したのかと皆が驚いた・・・と同時に剣術も背中に重しを背負ったままだった事に気が付き二重に驚いた。

「では昼餉を食し家作りとしましょう」

何時もの優しい佐紀に戻っていた。

三郎太は佐紀様は己の修行が足りず鬱憤が溜まっていた・・・のだと気が付いた。

そして今、厳しい経路での山走りで満足して戻ったのだと感じた。

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