第125話 修行-気配
甚八たちの山修行も次の段階に進んでいた。
龍一郎には考えがあった。
甚八たちは忍びである、故に一対一で活用される抜刀は不要であり気を消す事こそが忍びとして必要と言う考えだった。
元より紀伊の山で動物を仕留める生活を送って来た彼らには気を消す修練は当然の事で有った。
だがそれは動物に対してであり剣豪に対してのものとは異なっていた。
動物は主に臭いに敏感である、その為、捕食動物は風下から接近する。
サメは水中にも関わらず何キロも離れた処の血を感知する。
捕食される動物の中には目・視力に頼り警戒するものもいる。
捕食する側では鷹などの猛禽類も視力に頼っている。
ワニのあごの周りには感覚器官があり水面や水中の振動、つまりは餌となる動物の存在を感知する事ができるらしい。
狩猟の為に動物に接する時と人に対する時とでは異なるのだ。
無論、忍びは人の尾行も任務にある・・・だか剣術の手練れを相手にする事は稀であった。
小兵衛、平四郎の気配を消せなかったのとは少し事情がちがったのである。
同じ忍びとして三郎太が十五名に仔細に説明した。
「我ら忍びは山にありて猪、兎を狩り木の実を取り草を取り食し薬としてきた。
狩りに際し教えは風下より音を立てずに接近し射止める・・・この一点であった。
獲物に臭いと音を悟られぬ事を気配を消す・・・と思うておった。
だが人の尾行となるとそうもいかぬ、風下ばかりを歩く訳にもいかず同じ人間が何時も後に入れば不信に思う・・・故に組を作り人を変え変装もする・・・が・・・ここからは儂の推測に過ぎぬが剣の達人を相手にした時、尾行がばれた時は死を意味する・・・故にその間違いは、その教訓は生かされぬ・・・伝承されないのではなかろうか・・・現に以前の儂は龍一郎様に街中で忍びと正体を知られてしもうた・・・まぁ~龍一郎様は格別じゃがな~では何をどうすれば本当の意味での気配を消せるか、己の心の乱れを失くす事じゃ・・・座禅を組み瞑想する、体力も技も鍛えに鍛え己に自信を持つ、但し慢心は禁物じゃ・・・佐助の様にな」
皆が「はっ」として佐助を見て「ニヤリ」と笑った。
「儂は誰にも負けぬ」
佐助が自信たっぷりに言った。
「確かに強い・・・じゃが頭の甚八様には勝てまい、儂にも勝てまい、佐紀様、龍一郎様にとっては赤子の様なものじゃ・・・そしてその慢心が続くならば、此処に居る皆にも負ける様になろう」
「そんな馬鹿な事があるものか」
「そうかの~、それは其方が一番解っていよう、以前程の差が無くなっている事をな」
佐助はもう文句が言えなかった、事実だからだ。
「話を続ける、己の心を見つめ常に平静でいる様に修練し、剣の修行に際しては相手に勝とうなどと殺気を出さぬ様にする・・・そして時々仲間の後を付け回し気配が消せているか・・・を確かめてもらう・・・これが出来ねば江戸入りは出来ぬ・・・と心得る事じゃ・・・良いな」
皆が三郎太の言葉を噛み締める様に沈黙した。
「佐助、何故に儂は龍一郎様に気取られたと思うな」
「・・・い~ん、何かに気づき殺気を放ってしまった・・・、背丈が高いが故にか・・・身体つきが街人よりも偉丈夫だからか・・・」
「まぁ~それもあろうが、儂の様な偉丈夫は江戸には沢山おる荷運び人足などは儂よりもでかい」
「では、やはり殺気じゃ」
「違う、恐れじゃ・・・儂は抜忍として追われる身であった故に常に周りに気を配りおどおどとしておった様だ・・・無論、儂には自覚など無かったがな」
三郎太は初めて龍一郎と合った時の事を皆に語った。
「龍一郎様で良かったな、三郎太」
甚八のしみじみとした言葉に三郎太は小さく頷いた。
「話が逸れてしもうた、では瞑想を始める・・・己の心を見つめ弱点を知り動揺を抑え考えを止め無にするのじゃ・・・」
三郎太の号令で甚八を始め皆が瞑想に入った。
半時もせぬ内にもぞもぞ、かさこそと動く小さな音が聞こえたが三郎太は無視した。
半時が過ぎた頃、三郎太の「止め」の声が掛かり皆が目を開け、そして驚いた。
十五名に対面し座っている三郎太の後に龍一郎と佐紀が座禅を組んで座っていたからだ。
皆の驚きに三郎太がゆっくり振り返り二人に会釈した。
「三郎太、おぬしは二人が来た事を知って居ったのか」
と甚八が問うた。
「いえ、存じませんでした」
「その割には驚ろかぬの~」
「お二人のなさる事にいちいち驚いていては切りがありません・・・ので驚く事は殆ど無くなりました」
「それほどにか」
龍一郎と佐紀は時々二人だけの修行の時を作っていた。
二人の修行と言っても一緒の時は佐紀の修行でしかなかった。
「龍一郎様、皆の瞑想・・・いかがでございましたか」
「そうよな~山の上からでも皆の呼吸が解る・・・特に佐助の怒りの炎は熱かったの~佐紀」
「誠におしゅうございます、才に恵まれておりますのに」
締めくくる様に甚八が言った。
「そう言われれば佐助の様に才に恵まれておった者程長生きしておりませぬ・・・そうであったか」
佐助が珍しく下を向きしょんぼりとしていた。
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