第118話 鍛錬

それから三月後、龍一郎は甚八を吉宗に引き合わせ警護体制が整った。

三月の間、これまで通り吉宗の警護は小兵衛と平四郎の二人を頭に行われていた。


龍一郎はと言えば三月の間、甚八とその配下たちを鍛えていたのである。

郷を出発する時点で十四名を選び龍一郎、三郎太、甚八の前後を移動し江戸を目指し最終目的地の養老の鍛錬所へと向かった。

龍一郎、三郎太、甚八の三人が森を抜け鍛錬所の広場に出ると小屋の前に人影が見えた。

三郎太と甚八は警戒したが龍一郎は何の躊躇い無く近づいて行った。

「ご苦労であった、無論、異常はないな」

近くの百姓の女房の様な女が龍一郎と旧知の仲の様に答えた。

「ございません」

「郷の者たちは郷の始末を着け何人かの組で江戸へ向かう事になっておる。

こちらへは十四名が来ることになる」

龍一郎はそう言って女の素性も明かさず待ちに入った。

仕方なく三郎太と甚八も待つ事になった。

広場の周りの森のあちらこちらから一人二人と人々が集まって来た。

龍一郎は郷で決め伝えてあった組に分けて並ばせた。

「一の組の長(オサ)は私が、三の組の長は三郎太、ニの組の長はこの者が行う」

龍一郎が二の組の長と紹介したのは百姓女だった。

龍一郎のこの言葉に皆に驚きと冷笑と憤慨の表情と態度が現れた。

だが一番驚いていたのは三郎太だった。

日頃、表情に出さない三郎太が一瞬の驚きから驚愕に表情を変化させた。

そして隣に立つ百姓女の顔をまじまじし見つめ驚きに一歩後退し何事も無かった様に整列した。

「三郎太、この編成に異論はあるか」

龍一郎のこの言葉に三郎太は間髪を入れずに「意義はありません」と答えた。

この言葉に郷の皆も沈黙してしまった、だが完全に納得した様には見えなかった。

「これより第一回の山修行を行う、一の組は私に続け、二の組は女に続け三の組は二の組に続き三の組の最後は三郎太に願う。帯刀で行う、荷物はその場に置け・・・始める」

龍一郎はそう言うや山道を駆け上がり後を指示された順番で続いた。

途中、二の組と三の組に若干の乱れがあったが概ね予定通りに登り降りした。

流石に日頃から鍛えられた面々でそれなりの時間で往復できた。

小屋の前に戻った龍一郎は懐から懐中時計を出して時間を確認した。

「これは西洋の時計と言う刻を計る物で半時を一時間と言う一日は二十四時間となる、今の往復は二五分であった、おおよそ四半刻じゃ」

「龍一郎様、見せて戴けますか」

龍一郎は甚八に渡した。

「皆にも見せてよろしいですか」

「構わぬ・・・三郎太その間に重しの準備を頼む」

三郎太は時計に心が動く三人の若者を連れて小屋に向かった。

「後で見る機会を龍一郎様が下さる・・・心配致すな」

三郎太の声が聞こえた。

その間、百姓姿の女はただ静かに佇んでいた。

皆が時計を珍しげに見ている中、三郎太たちが重そうな木箱を四つ持って戻って来た。

「三郎太、皆に重しの付け方を教えてくれぬか」

「皆、儂の周りに集まり見て覚え自分で着けてみよ」

三郎太はそう言って木箱に片足を乗せ裾を上げて自分の重しを見せ何度も付けたり外したりした。

「では自分で着けてみよ」

皆が箱から重しを取り着け始めた、甚八も時計を龍一郎に返し着け始めた。

甚八も含めた十五名がワイワイガヤガヤと重しを付けていた。

「こ奴ら忍びとも思えぬの~」

龍一郎の呟きに甚八が「はぁ」として皆に注意した。

「誰ぞ着けられぬ者は居るか」

三郎太の確認の問いに誰も答えなかった。

「では、もう一度同じ道を行く、参る」

言うや龍一郎が走り出し、その後を先程と同じ順番で続いた。

往復し広場に戻ると先程よりも皆の息が目に見えて荒れていた。

龍一郎が時計で確認し皆に言った。

「先程は25分と四半刻を切っていたが、此度は35分と四半刻を過ぎておる・・・

忍びは居る事を知られてはならぬ、見つからぬ様に逃げねばならぬ、体力が必要じゃ良いな」

皆が無言で頷いた。

「龍一郎様・・・お願いがございます」

「何じゃ三郎太」

「二名の組替えをお願いします」

「二名で良いのか」

「はい」

「よかろう」

「三の組・・・二番目と二の組の四番目・・・入れ替われ・・・いや三の組の五番目に入れ」

龍一郎ら以外の皆が驚き本人たちも一瞬固まったが三の組の女が動きだすと二の組の男も動いた。

「では、もう一度往復する先程よりも早くなる・・・覚悟しておけ・・・参る」

龍一郎を先頭に再度走りだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る