第112話 第ニ章

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<遅れを取った十兵衛>


江戸中が連日の読売で騒然となった日から一月余りが過ぎた頃、与力・浅井十兵衛は再び一郎太と日本橋を見回っていた。

「一郎太、何やら足腰が軽やかではないか」

「はい、近頃足の重しにも慣れまして時々こうして重しを外しますと足元が軽やかになります」

「重し~重しとは何だ」

「えぇ~浅井様はご存知ないので・・・・・」

「何だ、一郎太言ってしまえ」

「・・・・はぁ~、足に鉛の重しを巻きつけて毎日歩いておりました。

当初は重く歩き難いのですが何日かすると慣れてまいります。

そこで重しを追加します、また何日か重いのですがまた慣れます。

これの繰り返しで、今では袴では隠せぬ量になりましてカルサンを着ております」

「同心に似合わぬ服装をしおってと皆が言っておった。

気が付くと御主以外にも二人、三人と増えておった・・・・・。

くそっ・・・あ奴らも重しで鍛えておるのだな・・・・・誰に習うた、誰じゃ、言え一郎太、言え」

十兵衛は往来の只中であるのも忘れ一郎太を詰問した。

「・・・・・はぁ、誠一郎様に教えて戴きました」

「誠一郎・・・・と言うとお奉行のご子息か・・・・・儂が責めぬ様に嘘を言うておるのではあるまいな」

「滅相も御座いませぬ、嘘を言うにもお奉行の世子の名を出すはずも御座いませぬ。

浅井様なれば相手が誠一郎様とて問い正しましょうに・・・」

「うむ~・・・・確かに・・・・儂は誠一郎様であろうがお奉行であろうが尋ねる・・・・。

真、誠一郎様か、うむ~と言う事は基は龍一郎師範であろう・・・・な」

「橘先生、あぁいや小兵衛先生の方では無いのでしょうか。

私も誠一郎様にお聞きしましたが一睨みされまして答えては戴けませんでした。

その睨みの怖い事とても少年とは思えませなんだ・・・・。

お奉行の世子はその辺の馬鹿若様とは違いますなぁ~」

「本にのう、本当の力は凄かろうなぁ~。

まぁあの化け物達と対等に付き合うておるのだから無理も無いがのぉ~。

おっと、これはここだけの話じゃぞ一郎太、橘道場の一党に聞かれたら大変だからのぉ~」

「一党と申しますと浅井様」

「一郎太、分からぬのか、あの道場の皆を・・・・道場開きの日の事を・・・・。

師範や師範代では無うて入り口に控えておった。

それも女子のそれも歳を取った女子にだぞ長年剣術を修行し本人も言っておったが通っておった稽古場ではそれなりに強かった男が剣士が軽くあしらわれたのだぞ。

儂が思うにあのお久殿だけでは無うて入り口に控えておった男衆も女衆も子供も強い、きっと強い・・・いや必ずや強い。

御主も四斗樽を運んで来た二人を見たであろう。

師範代のあの巨体でも四斗樽を一人で抱えて来た時は驚いた。

その後を小柄な清吉が同様に四斗樽を一人で抱えて来たのだぞ。

儂も驚いたが儂は回りを見回した、すると道場中の者達が皆驚いておった、一部の者達を除いてな、それが入り口におった者達で有り、師範や師範代達と誠一郎様であった。

彼らに取っては驚きでは無いのだな。

儂は正直言うて清吉の樽は空だと思うた・・・・が違った。

鏡板を割り中身が入っていると知った刻の皆の驚きで皆も儂と同じく空だと思っておった様だがな。

その驚かなかった者達が一党だ」

「お夕殿やお峰殿にお駒さんもですか、まさか平太や舞も・・・・」

「うむ、ひょっとすると御主は舞に負けるかも知れぬぞ」

「はいー、はい、ご冗談も其処まで行きますと面白みに掛けますなぁ~」

「龍一郎殿の妻女のお佐紀さまもでございますか」

「馬鹿者、あのお方は途轍もなく強いお方に相違ないわ」

「あの見目麗しいお方が強いのてすか」

「儂はそう見る・・・師範代や皆が示す態度は龍一郎殿の妻女と言うよりも技の上位者に対するものの様な気がするのじゃ・・・がなぁ~」

「ご冗談を、その様な冗談は私にだけの方が宜しいですよ、他の者に申せば笑われて仕舞いますぞ」

二人は日本橋界隈を歩きながら行き交う人々と挨拶を交わしながら会話していた。

長閑な昼下がりで有った。

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