第103話 捕り物-その一

尾行、忍び、証拠集めが続き十日後に龍一郎の呼び出しがあり屋敷に皆が集まった。

「皆の者、ご苦労で有った、修行の事では無い、探索の事じゃ、皆の働きにより粛清・・いや改革の目処が立った、明日からは暫し正業に励んで貰いたい。いざ捕り物ともなれば手を借りるやも知れぬ・・・そのおりには願おう」

「承知」

皆を代表し小兵衛、平四郎が応えた。


南町奉行・大岡越前守忠相は北町奉行・中山出雲守時春との密談の場所を城中と決めた。

北町奉行所へ出掛ければ余計な波風が立ち、況してや南町奉行所へ呼ぶなど以ての外、市中の何処ぞと思案もしたが書状が途中誰ぞに読まれる事も懸念され断念し、はたと思い立った、毎日の様に会う城中か評定所で良いでは無いか・・・と。


----------------<評定所>-------------------

江戸城外の辰ノ口に江戸幕府評定所があった。

幕政の重要事項や大名旗本の訴訟、複数の奉行の管轄にまたがる問題の裁判を行なった機関で、町奉行、寺社奉行、勘定奉行と老中一名で構成され、これに大目付、目付が審理に加わり、評定所留役が実務処理を行った。

特に寺社奉行・町奉行・勘定奉行は三奉行と呼ばれ、評定所の中心であった。

武士と庶民のような身分違いと町奉行所管轄の江戸の町民と寺社奉行所管轄の宗教者の裁判、幕府領の領民と藩領民など原告と被告の領主が異なる場合に裁かれた。

(参考 ウィキペディア)

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ここは深川不動尊境内である。

南町奉行・大岡越前守忠相が北町奉行・中山出雲守時春を城中、評定所で説得し協議し捕縛の手配りを決めた。

北町奉行所の与力・近藤は大体四日に一度本所の西口屋の家へ顔を出し妾宅へ泊まりに行っていた。

南町奉行所の与力小屋野と同心浅沼は大体五日に一度深川の東回屋に顔を出しそれぞれの妾宅へ泊まりに行っていた。

奉行所の与力・同心として其れなりの権力を庶民に対して成す事ができる・・・人は何故権力を得ると次は金、女と走るのであろうか・・・・そしてもっと権力を・・もっと金を・・もっと女をと望むのであろうか。


両奉行の密約がなった後、大岡から内与力、内与力から揚羽亭女将、女将からお花、お花から龍一郎へと知らせが届き富三郎、お景を通して皆が屋敷に呼ばれた。

小兵衛は我が家に寄りつかず専ら(モッパラ)平四郎の稽古場を住処としていた。

「皆、待たせたな、いよいよ行動の時が参った。北町の与力一名、南町の与力、同心各一名の計三名を同時に捕縛致す、そこでそなたらに今一度尾行を願い三名が金主に行く日を探って貰いたい、但し、三名の者が揃うた日に捕縛となる」


北町与力・近藤は可笑しな事があるものだ・・と考えながら歩いていた。

奉行所内の噂に過ぎないが近々北町が南町の捕縛手伝いを成すと言うもので噂とは言え両奉行所の合同捕縛など前代未聞のことで信じがたいことであった。

西口屋の暖簾を潜り何時もの様に火鉢を挟んで酒を酌み返していた。

同じ頃、南町奉行所の与力・小屋野と同心・麻沼は深川へと歩きながら話会っていた。

「噂を耳にしておるか」

「噂と申しますと・・・あぁ、何でも南町が北町の捕縛の手伝いを成すとか言う例の事ですかな」

「それよ、噂とは言えこれ程有り得ぬ事・・・・故に気に成ってのぉ~」

「何が気に成りますな、有る筈も無い事で御座いますに」

「・・・まぁ~そうよなぁ」


六つ半(七時)、座敷で抱いていた息子を龍一郎がお早紀に渡した。

「参りましたか、旦那様」

「・・・の様だのぉ~・・・・今、一人が来るかのぉ~」

「・・・・私にも今解りました・・・・・・・・お有さんですね」

「・・の様だのぉ~」

「龍一郎様、お有に御座います」

「ご苦労で有った、さて、今一方が来るかのぉ~」

何の知らせも無い日や片方だけの夜が六日も続いていた。

「・・・ううむ、富さん、お景支度じゃ」

「旦那様・・・・」

「龍一郎様・・・」

「おぉ、お有・・・・奇遇じゃの・・・参りますかな、龍一郎殿」

「富さん、お景、繋ぎを願おう、平四郎殿、参りますかな、誠一郎・・行くぞ」

予ねてからの計画通り富三郎、お景は南北奉行所へと知らせに走りその後七日市藩稽古場と蕎麦屋へ向かった。


翌日の朝、江戸の町々で読売が売られた。

「さぁ、寄ったり寄ったり、昨夜大捕り物があったよ~、何と南北の与力・同心が南北奉行所に共同捕縛されたんだよ~」

「嘘だろう~、南北の奉行所が一緒に動く訳がねぇじゃねいか」

「よぁ、良い事言うね、八つぁん、不思議だろ」

「俺は八じゃねぇや、熊だ。第一月番は南じゃねぇかよぉ~、嘘に決まってら~な」

「そこだぁ~熊さん、またまた良い事言うねぇ~、ところがだ熊さん、嘘じゃないんですよ何故なら私はその捕縛を最初から最後まで見ていたんですよ・・・・但し、私は北町に同行しましたのでね・・・所が何と南には読売屋・銀八が付いており、ちゃんとお互いの見た物を交換しており、ここに書いて御座います」

「金六、買った」

「はいよ、熊さん・・・・さぁ買ったり買ったり」

周りで聞いていた者たちが一斉に買い出した。

同じ頃、読売屋・金六の仲間達と読売屋・銀八とその仲間達も読売を売っていた。


「お前さん、読売が昨夜の事を書いてるよ」

「お駒、ゆんべの夜中だぜ、版木が間に合わないだろうが・・」

「あたしもそう思ってたけど、凄いねぇ~読売屋は・・・ちゃんとできてるよ、ほら」

「何、何、・・・・・


事の始まりは何と昨夜、北町奉行所の某同心が私・金六を叩き起こしたところから始まるので御座います。

同心曰く「此れより大捕り物に参る読売にしたくば同道いたせ」との口上に御座いました。また同心は「読売・銀八にも声を掛けておる」とも申されました。慌てて支度をし同道しますと処の深川不動前は既に捕り方、同心、与力に囲まれ何やら刻を待つ風情に御座いました。それは四つの鐘で御座いました、鐘が鳴った途端、お奉行の指図振れと共に一斉に一家の囲みを縮め「北町奉行・中山出雲守時春である、日頃よりの数々の悪行目に余る・・・・捕縛の上、厳しく吟味を致す。素直に同道致せ~」と奉行が大声で呼び掛けまして御座います。ここは口入屋を営み香具師の元締めもし十手も預かる一家で御座います。まず三下が様子を見に顔を出し、余りの大事に素っ飛んで親分にご注進、次に表れたるは六人も浪人を引き連れた親分で御座いました、そして何と南町の与力と同心の二人がその後ろに姿を見せたので御座います。ここで私、本日の捕り物の真意を理解致したしだいで御座います。一家の悪行もさる事ながら南町役人の不正糾弾が真の目的であったので御座います。北町奉行が南町の腐敗に業を煮やしとうとう実力行使に出たのに相違なしと存じました。しかし後述致しますが現実は私の感を大きく超えておりました。さて、さぁーて出てきた親分は「何が北町だ、こっちにゃ何てったって南の筆頭与力・小屋野様と同心・麻沼様がいらぁな・・・それに腕自慢の助っ人の用心棒が十人も居るんだ、大人しく帰った方が身の為ってもんだぜ、お奉行さんよ」との啖呵を切ったのでございます。それに対しお奉行様は「親分や、自慢のその二人はな、既に南町奉行・大岡殿よりお役御免となっておるわ・・・・驚いておるのぉ、もう一つ・・・助っ人はこちらにも居ってな・・・・強いぞ何せ南北奉行所の稽古場の師範だからのぉ~十人では物足りぬのでは無いかのぉ~」とやんわりと言葉を返されましてございます。動じないお奉行に怒った親分が「しゃらくせい、先生方、殺ってくだせい」と嗾(ケシカ)けました。その時、いつの間にかお奉行の隣に二人のお侍が立っておりました。私めには何時からそこに居たものやら、とんと気が付きませんでした、それはまるで地から沸いて出た様にそこにおりました。真に不思議な事で御座いました。その一人が慌てる風も無く「誠一郎、十人だが一人で良いかな」と問い、「お任せ下さい」と未だ幼さの残った声で答えたので御座います。その後に起こった事は、まるで手妻の様で御座いました。何と十人がばたばたと倒されたので御座います、それは一陣の風が吹いた様で一瞬の事で御座いました。これには親分が、いやお奉行所の方々も驚き見ている者全てが一瞬言葉も無く静寂に包まれたので御座います。その後驚きから醒めた与力と同心・・・いえいえ元与力と元同心が前へ出て参りました。そこで又先程の武士が若侍に「同心と親分を願う、与力は某が相手を致す」と言ったので御座います。それに答えて若侍は「お任せ下さい・・・してどれ程で」と問い、その問いに「そうよのぉ足では運ぶのも面倒、右手では食事に手間が掛かる・・まぁ左手の手首を折ってしまえ」と答え、再度若侍が「承知」と意とも簡単に答えたので御座います。若侍は十人を倒した時も剣を抜いてはおりませなんだ、此度はと見れば、やはり剣は抜かず黒い扇子一本を前に構えているだけで御座いました、後でお聞きしましたところ扇子は鉄扇で御座いました。お奉行所の元同心を扇子一本でこの若侍は相手にしようとしておりました。その時元同心が「誠一郎・・・・もしや・・そなたは・・・」と可笑しな言葉を漏らしました。それを受けた様に若侍が「左様、私の姓は大岡で御座いますよ、元先任同心・麻沼様・・・その節はお世話になりましたなぁ、そのおりのお礼をお返し致しましょう」と答えられました。「貴様が・・貴様が・・では親不幸息子の・・・」と言うのを「私が誰でも良い事ですよ、今宵そなた様方が捕縛されるだけの事です」と若侍がそれ以上の言葉を遮る様に言いました。もう一人の武士はと見れば、こちらも剣を構えた元与力に対し鉄扇一本を手に持つだけで恐れる風も御座いませんでした。その時「ボキ、ボキ」と音が聞こえ「ギャー」「うぉー」と叫び声が聞こえ「師匠、終わりました」との若侍の声に、そちらに目を向けますと元同心と親分が左手首を抱え転げ周り若侍はと見れば鉄扇を帯に戻し腕組みをして見物しておりました。いやはや驚きました、私・金六が見逃してしまいました、今度は見逃すまいと元与力を見ますと何とこちらも左手首を抱え刀が地に落ちて御座いました、いやはやこのお二人のお強い事、お強い事、恥ずかしながら言葉を失いまして御座います。そして此れで事が終わり、北町が南町の捕縛手伝いをしたと思っておりました、ところがところがで御座います。何と捕縛した者達を奉行所では無く深川不動に連れて行ったので御座います、そしてそこには何と何と南町奉行・大岡様がこれまた何人かを捕縛し連れて待っていたので御座います、そして何とそこには同業の銀八が居たので御座います。そしてまたまた何と南北互いの捕縛した者達を交換したので御座います。日頃は商売敵の私・金六と銀八で御座いますがこの時ばかりは四半刻を掛けお互いに見聞きした事を交換致しました、それ程にその夜の出来事は夢の様で御座いました。最後に皆様にお願いで御座います、南町奉行所の昨夜の捕縛を知るならば、どうぞ、どうぞ銀八の読売を買ってやって下さいませ・・・・・・読売屋・金六の夢の昨夜で御座いました・・・おしまい」

「お駒、銀八のはどうした」

「ひぇ~、今から買ってきますよ」

「女将さん、ここにありますよ」

途中から聞いていた三郎太が手に持つ二枚の内の一枚を清吉に渡した。

「流石、三郎太だねぇ、抜かりがねぇや・・・・どれどれ・・と北町は龍一郎様と誠一郎様だったが南は誰だったのかねぇ~何々・・・・」

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