第101話 誕生

六日目の朝、まず三郎太が気付き広場に出て見たが見当たらなかった。

皆が順々に起き出し異変に気が付いた。

龍一郎とお早紀の姿が見えないのである。

「どうしたのであろうの~、平素であればとうに戻って寝ておろうに・・・・・」

「ご隠居、大丈夫で御座いますよ、何があろうとも龍一郎様がご一緒で御座います」

「お久殿、しかしのぉ・・・・お早紀が・・・お早紀が産み月を迎えておるでなぁ~」

「三郎太、二人の修行先は解るまいのぁ~」

「はい、平四郎様、私には思い付きませぬ。私など到底行けぬ所と思われます」

「しかし、幾ら龍一郎様でも産み月のお早紀様を・・・・・」

「大丈夫だよぉ、お前さん・・・・子が出来た女子(オナゴ)は強いよぉ~、ねぇ~お久様」

「えぇお腹にやや子を宿した女子は強いですよ、生まれれば更に強うなります」

「そうは言うが現に戻っておらぬ・・・・」

「爺は心配性じゃ」

その時広場の横の茂みが揺れお早紀が現れ後ろから褌姿で両手に装束を抱えた龍一郎が続いていた。

「おぉ、龍一郎、心配しておったぞ、何を拾って来た、何を抱えておる・・・・・もしや・・・まさか・・・・」

「はい、橘小兵衛殿は爺様に成られました」

「おおぉ、おの子か、めの子か・・・・いや、どちらでも良い、壮健であろうな」

皆も大歓声を上げ龍一郎とお早紀に走り寄り囲みわいわいがやがやと祝辞を述べた。

「これ、静かにせい、儂の孫が起きるでは無いか、静かにせい」

「爺が一番煩いぞ、なぁ兄ちゃん」

「おぉ、兄ちゃんもそう思うぞ、舞」

「それより、お早紀様、御身体は大事無いですか」

出産経験のあるお久、お駒、お景が口々にお早紀を気遣った。

「ご心配忝う御座います、旦那様によりますと夜半に生まれたそうな・・・・二度乳を飲ませ後は一緒に寝ておりましたので・・疲れは残っておりませぬ」

「いけません、只今は気が張っております、後で疲れが出ます」

「はい、旦那様にも、その様に言われました。私は今日も修行をしたいのですがニ、三日の休養を申し渡されました。残念な事に御座います・・・・授乳も御座いますれば致し方の無い事で御座います」

「おぉ、龍一郎は医師でもあったなぁ、亭主がお抱え医師と言う訳じゃ」

「そのお抱え医師殿から休養を申し渡されたでは致し方御座いませんよ、お早紀様」

「はい、平四郎様、今のお早紀はやや子を育てる事が勤めに御座います」

「うむ、良う言うた、お早紀、ところで儂の孫はおの子か・・・めの子か・・・名は何と付けたな」

「父上、嫡男に御座います、名は父上に願おうと旦那様が申されました」

「何、儂に名を付けろとな・・・・・龍一郎、真か」

「はい、お願い申します」

赤子を抱えた龍一郎がお辞儀をしお早紀も倣った。


「ご隠居様、私にも抱かせて下さいな」

お早紀と赤子を小屋に残し皆が修行を成し昼餉に一旦戻り修行を続け何時もの長閑な夕餉の後の時を過ごしていた。

「お駒、お前には平太と舞がおるではないか」

「こんなに大きくなっちまって親の言う事なんて聞きゃ~しない・・・・そこへ行くとやっぱり赤子は可愛いね」

「おっかさん、舞はもう可愛くないの」

「ほら、その膨れっ面が可愛くないのさ」

「兄ちゃん、兄ちゃんも何とか言って」

「おら、どうせ可愛くないしね・・・おっかぁの言う通りだかんね・・・言う事無い」

「小兵衛殿、私にも抱かせて下さいな」

「お峰殿の幼き頃を思い出されたかな、お久殿」

小兵衛はお久にはすんなりと赤子を渡した。

「はい、左様で・・・・しかし、この子は愚図(グズ)りませぬなぁ~・・・・流石、龍一郎様とお早紀様のお子と申すべきで御座いましょうか」

「次こそは私に・・・」

次から次に抱かれた・・・が、赤子はすやすやと眠り続けていた。

「小兵衛殿、名をお決めになられましたかな」

「おぉそうであった、熟慮致した・・・・二人が気に入ってくれると良いがのぉ~」

皆は小兵衛の次の言葉をそれこそ固唾を呑んで待った。

「・・・・・父親が龍じゃ・・・・故にその息子には龍の字を入れたいと思うた・・・龍之介・・じゃ・・どうかのぉ~」

「橘龍之介、 橘龍之介・・・・良い名で御座いますなぁ~」

「そうか、平四郎、儂は在り来たりで知恵が無いと言われると思うたぞ」

「いえいえ、ご隠居、良い名で御座いますよ」

「おうおう、清吉もそう思うてくれるか・・・・龍一郎、お早紀・・・どうかのぉ~」

「父上、良き名を戴きました。忝う御座います」

「父上、ありがとう御座います、さぁさぁ、龍之介、母の処へおいで・・・・・そなたは今より龍之介ですよ」

最後に抱いていた舞の元から母・お早紀に龍之介が渡された。

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