第91話 探索-忍び編

龍一郎の命に従い皆は聞き込みから始め尾行へと進み七日程すると屋敷、お店への忍び込みへと移行した、無論それは夜に限って行われた。

皆はまず三郎太との同道を求められ三郎太が良しとする者だけが忍び込みを許された。

だが、龍一郎の命には組毎の働きが原則としてあり組の者の内の一人でも三郎太の良しがなければ組としての忍び込みは許され無かった。

無論この三郎太の仕込みも龍一郎の命によるものであった。

三郎太のそれはまず町屋から始められ次の段階として小藩の武家屋敷、次に中藩武家屋敷、雄藩屋敷と進んだ、但し武家屋敷への前に町の剣の稽古場(剣道場)への床下、天井裏への忍び込みが行われ忍び業を試された。

剣術家は得てして己を危め様とする殺気には目敏いが殺気の無い者には気が着かぬ事があった。

その点武家屋敷は常から間者つまり忍びへの備えが在り殺気以外の気にも敏感であった。

又、小藩から始めるのは庭の大きさと警護の人数に有った。

身を隠す処の少ない庭が広大で警護の員数も多数な雄藩への忍び込みは難儀であった。

小藩の中には夜間の警護が無い藩もあったのである。

三郎太が始めに良しを与えたのは勿論平太であった。

次はなんと舞であった、舞は一度拉致されその経験が生きた様で気を消す術を会得していた。

その次は清吉、お久、お有、お峰と続きその後何度も三郎太に同道しお駒と誠一郎が良しを得た。

清吉は本業の岡っ引きとして尾行の業に長けており気の消し方の会得も早かった。

この時点で残るは小兵衛、平四郎のみであった。

二人は剣術家故に対峙した相手を気で圧倒する術を長年学んでおり身に染みていて気を消す事に難儀したのである。

忍び込みを開始したのは清吉、お駒の組、三郎太、お有、平太の組のみで、他の組は組頭の平四郎、小兵衛が良しを得るまでは尾行までと限定され、屋敷を突き止めた後は良しを得た組に探索を任せていた。

平四郎と小兵衛に取ってこれは非常に屈辱であった、だが、耐える以外に無かった。

己の未熟、暴挙が仲間を危険に落とし入れる恐れが多分にあるからである。

皆は己の気を消す修行にと仲間の跡を着ける事にしていたが、平四郎、小兵衛は尾行すれば気付かれ己が尾行されている事に気付か無かった、それは殺気では無いからである。

二人は剣者、それも優れた剣者故に屋敷に忍び込んで来る者が居れば解かるが、人の往来でごった返す通りでの気配の消しと読みができないのである。


その朝、久方ぶりに龍一郎は師範として平四郎が指南役を務める藩邸に顔を出した。

無論、内儀である少々お中の膨れたお早紀も同道していた。

その日稽古に来ていた員数は四十名を超えており活気に溢れていた。

「おぉ、お早紀様お久し振りに御座います・・・・ありぁ、御懐妊おめでとう御座います」

師範代の田口太郎佐が真っ先に気付き声を掛けると皆も次々にお早紀に祝辞を述べた。

「その方ら、師範の儂が目に入って居らぬ様じゃな」

「入って居りますが正直申せば入れたくはありませぬ」

「ほう、何故じゃ」

「師範と試合ますと確かに剣技は伸びますが、己が稚児に思えます」

「稚児の如き業前故にしかたあるまい」と平四郎が諭すと

「それは館長も同じで御座いましょう」と遣り返された。

龍一郎は稽古場の弟子たちの雰囲気が以前と全く違うと感じた、一体感に溢れていた。

それから暫くはお早紀を囲んでわいわいがやがやと稽古になら無かった。

少し離れた龍一郎に平四郎、小兵衛が近づいた。

「龍一郎、そなたに願いがある、稽古の後に聞いてはくれぬか」

「承知仕りました」

「良しなに」と平四郎も願った。


「龍一郎、儂らは・・・儂らだけが今だに三郎太の許しが出ぬ、探索の屋敷内への忍びのな、彼奴(アヤツ)が言うには気が消えて居らぬと抜かしおる、龍一郎、其方から聞きとうてな、その何じゃ・・うむ・・・どうじゃな儂らは・・・儂らの気は」

「お二人は武芸者です、試合では竹刀でも木刀ならなお更、真剣では更に気概が重要で御座いましょう、いかが」

「無論です、気迫負けしては勝てるものも勝てませぬ」

「如何にも、如何にも平四郎殿の言う通りじゃ、違うかな、龍一郎」

「・・・・父上、お言葉では御座いますが・・・・本日の稽古場に少年が居りましたがあの者と試合ったなら気迫を込めますか、父上、平四郎殿」

「稚児相手に気迫など要らぬわ、のう平四郎殿・・・・・どうしたな平四郎殿」

「龍一郎殿、私の力不足と申されるか」

「どう言う事じゃ平四郎殿、龍一郎」

「父上、気迫で勝敗が決するのは力が拮抗している場合です。技量に差が大きければ下の者がどれ程の気迫、気概を込めても無駄です。また上の者は気概、気迫など不要で平常心で居られましょう、いかが」

「・・・うむ・・・・それ故其方は立会いに際して気を発せぬのか・・・・我らでは技量不足か・・・」

「私めの立会いの心得は無心に御座います。無心なれば打ち掛かりの時を読まれませぬ。故に某の立会いには気を出しませぬ・・・が父上が言われる様に優れた剣者と立ち会ったおりに無心で居られるか・・・・自信は御座いませぬ」

「まぁ龍一郎殿の業前なれば私の剣は稚技にも等しいでしょうなぁ」

「確かに龍一郎の剣には勝てぬわな」

「龍一郎殿、某も立会いのおりに気が消せれば三郎太殿の良しが出ましょうか」

「はい、出ます」

「平四郎殿、稽古場へ参ろう、龍一郎検分願おう」

三人は稽古場へと戻って行った。

三日の後、三郎太から平四郎と小兵衛に良しが出され全ての組が本格的な探索に入った。

「平四郎殿、儂は気が消せる様になってのぉ付けてくる者が前よりも解かる様になった気が致す、其方はどうじゃな」

「某も左様に存じます」

「不思議なものよのぉ」

平四郎と小兵衛が気の消し方を幾分也とも会得した時に交わした言葉であった。

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