第89話 お早紀の武勇伝-其の二

また、他の時にはこんな事もあった。

誠一郎との待ち合わせ場所が深川不動前の茶店での時には運悪く舞が拉致された時に顔を見られた男に会ってしまった。

その男はこれも地回りのやくざ者と一目で解かる形(ナリ)の男と二人で一旦茶店を通り過ぎ何かを思い出した様に戻り舞の顔を確かめた。

舞も気が付いていたが素知らぬ顔でお早紀と話をしていた。

「奥方様、この店の団子は殊の外美味しゅう御座います。旦那様にお土産に如何(イカガ)で御座いましょうか」

お早紀は平生、舞がお早紀様と自分を呼んでいるにも関わらず突然「奥方様」と呼んだので何か有ると思っている処に二人の男が前に立ったので合点が行き答えた。

「お園、それは良い考えです、お願いして下され」

話ている二人に声が飛んで来た。

「やい、女、おめえ、どっかで見たな・・・おぉ、あん時の縛った小娘だな、来い」

男が舞に寄って来た。

「無礼者、何者じゃ、わらわの侍女(マカタチ)に何を致すのじゃ」

お早紀の大身の武家の妻女を思わせる言葉に男は動きを止めてしまった。

「このあまは・・・いや、この娘は奥方さんの・・・・」

「左様、わらわの屋敷の者じゃが、そなた、もしやなんぞ致してはおるまいな」

お佐紀に逆襲の言葉を浴びせられ言葉に詰まっていると連れの男が喚いた。

「兄貴、滅法良い女じゃねいですかい、それも二人ですぜ、知り合いですかい、親分への土産に引っ攫いましょうや・・・痛てぃ、兄貴何すんだよ」

先に立つ兄貴と呼ばれた男が男の頬を引っ叩いたのである。

「馬鹿野郎、浪人や少録の御家人ならいざ知らず大身を相手にしようものなら、こちとらの身が危ねいんだよ、馬鹿野郎」

連れに怒鳴りお早紀に言った。

「とんでもねい、知り合いにちょぃと似てたもんで、つい声掛けちまったんで許してくんな」

と言った処に一目で町方役人と解かる青年が現れ声を掛けた。

「失礼致す、どちらの奥方かは存ぜぬが、それがしに何ぞお手伝いできましょうか」

「お言葉、忝(カタジケ)のう存じます、されど、わらわが道を尋ねるために呼び止めたのじゃ、そこなもの近う参れ・・・・近う、近うと申しておろう」

「奥方様の命が聞けぬか、下郎」

舞が激した。

女衆二人に気遅れしていた処に役人が現れいよいよ縮困った年嵩(トシカサ)の男が観念し近づいた。

「本日は、わらわの気分も長閑な気候の性か頗る良い故許して遣わす、去ね(イネ)」

近づいた男にお早紀が小声で最初は優しく最後に威厳と殺気を含んだ声で言った。

年嵩(トシカサ)の男は一瞬身を震わせ拉致を口にした男を引っ張る様にして去って行った。

「馬鹿野郎、大身の武家なんぞに手を出して見ろ、こうなるんだ、てめいの一言が・・くっそ」

若い男の尻を足蹴りして去って行った。

「お早紀様、私の口出しなど無用に御座いましたな」

「いえいえ、助かりました、誠一郎殿」

「ところで、如何なされましたので」

「以前に舞を拉致した一人のようですよ、違いますか、舞」

「左様です、お早紀様」

この言葉に誠一郎の眦(マナジリ)が釣り上がり優しげな顔が一変し夜叉の様な顔になった。

「誠一郎殿、ここは辛抱ですよ、時が至れば・・・、そなたの今の思いは時を置けば忘れるものでは無く大きく育ちましょう、育った怒りを相手にお返しなされ、今は辛抱、堪忍ですよ、舞も宜しいですね」

「はい」

「畏まりました、お佐紀様、必ずや大きく大きく育てまする」

「ささ、周りが我らを不振に思います、お武家様、ご助勢忝(カタジケ)のう御座いました」

お佐紀は途中から周りを意識した言葉使いと大きな声になった。

「お役に立てて何よりに存ずる」

これまた誠一郎も周りを意識した物言いに変わっていた。

「ささやかながらお礼を致します。ささ、こちらにお掛け下され。お園、店の者に茶と団子をな、注文なされ」

「はい、お早紀様」

舞が店の者に願いに立った。

「こちらの娘子の名はお園殿と申されるか」

「はい」

お早紀が答え、急に声を潜め密談に入った。

舞に取って誠一郎に会える喜びも有ったが、お早紀との江戸散策はそれはそれは楽しくもあり学ぶ事も多い一時で有った。

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