第88話 お早紀の武勇伝-其の一

こんな事があった、ある日、誠一郎との約束の場所である愛宕下の茶店で待っていると昼から酒を喰らった武家の若侍三人がお早紀の美貌に驚き、声を掛けて来た。

「女、これから飲みに参る、我ら男ばかり故、酌をしに同道いたせ」

「おぉ、それは良い、見れば稀に見る美貌ではないか、同道いたせ」

「わらわにそなたらの酌をせよと申されるか・・・そなたらでは、身体の力も武家の力も録も足りませぬな。見れば、高々二千、三千石程の旗本の・・それも次男、三男であろう。昼日中から酒を喰ろうておらず、学問なり剣術に励み精進し精々良い婿入り先を探す事じゃな」

「何を~言わせておけば、高々二千、三千石程の旗本だと、馬鹿にしおって、手討ちにして刳れん」

一人が刀の柄に手を掛けたが他のの二人がお早紀の言葉と態度に一瞬にして酔いが覚め柄に手を掛けた男を抑えた。

「わらわを切ると申されるか、その刀抜いたが最後、そなたらの家名断絶は必定と心得えられよ、それでも抜かれるや、どうなさるな」

この言葉に柄に手を掛けていた男も酔いが覚め三人は酒に酔った赤ら顔から顔色が青冷め後去りを始めた。

そこへ追い討ちを掛ける様にお早紀の声が飛んだ。

「そなたらの家紋、確とこの目に留めました。本日のわらわは上機嫌故に許して遣わす。じゃが、今後、そなたらの素行悪し時は帰る家は無くなると心得よ、いね(去れ)」

三人は後を向くと脱兎の如く走って逃げて行った。

「お早紀様、お見事に御座いました」

「あれ位、何の事がありましょう」

小声に変えて

「人目が無ければ痛め付けた方が早いのですが」

舞に片目を瞑り可愛く舌を出し微笑んだ。

「旦那様には内緒ですよ、舞」

そこへ店の奥から主人と思える初老の男が現れ恐る恐ると声を掛けて来た。

「知らぬ事とは言え失礼をば致しました。失礼ながらお尋ね申します、今の若侍との話を漏れ聞きましてどこぞの藩の奥方様かと推察致しました。宜しければお聞かせ戴けましょうか」

「私の藩名ですと、ほほほ、そなた以前は武家であった様ですね・・・私の旦那様は御家人で御座います。藩主では御座いません。先ほどの話は唯の戯言に御座いますよ、放念下さい」

「はぁ、確かに私は元武士でした。故に失礼ながらあなた様の立ち居振る舞いと醸し出す風情は並の武家の奥方様のものでは御座いません。う~む、私の眼目も廃れましたかな、失礼をば致しました。お茶の御変わりをお持ち致しました」

茶碗を入れ替え奥へ戻って行った。

「舞、三郎太殿にお会いする機会がありましたならこの店の主人の過去を探る様に伝えて下さいな。私も龍一郎様にお話します、あの者、只者では有りません・・良いですね」

「はい、お早紀様、お早紀様は町屋の生まれと聴いておりましたが・・・」

「はい、先程の若侍の一件ですか、我ながら驚きですが、何の不安もありませんでした。修行で彼らにも負けぬ自信があるのか、はたまた母は強しと言う事でしょうかね。其れとも今の老人のお話ですか」

「若侍との事です、舞には、解かりかねます。お早紀様の修行の程を知りませぬ故」

「左様でしたね。やや子が無事に生まれ足がしっかりした成れば、修行に戻れましょう。そのおりに早紀の修行の成果をお見せしましょうぞ・・・されど、其の頃にはそなたは今よりも数段上達しておる事でしょうな~ぁ、舞」

「上達しておりますでしょうか」

「しますとも、我が殿・龍一郎様の申される通りに修行致せば必ずや今の三郎太殿の域に成れます。勿論、三郎太殿も上達しておるでしょうから同等には成れませぬが」

「勿論です、唯平太兄ちゃんに追い付きたいし・・それから・・・・」

「・・・それから・・・・誠一郎殿を守りたい・・・ですか」

舞は伏せていた顔を上げお早紀を見つめて逡巡し言った。

「・・・はい、お守りしたい」

「舞、良い事です修行の目的意識としては己が唯強く成りたいとの思いよりも誰かを守るために強く成りたいとの思いの方が遥かに効果がありますよ・・・でもね、舞、誠一郎殿も何処かの誰ぞ女子(オナゴ)を守りたいとの思いで修行しているのを知らないでしょうね」

「えぇ、誠一郎様には思い人が居られるのですか・・・・」

舞は泣きそうな目でお早紀を見つめた。

「はい、舞に取っては辛く悲しいでしょうね」

「・・・いいえ、誠一郎様はお武家様、私は蕎麦屋の娘です何でも有りません。元より承知です、いいえ、私が誠一郎様をお慕い申していると言う事ではありません」

「えぇ~ぇ、舞は誠一郎殿がお好きでは無いのですか、それは残念な事ですね」

「お早紀様、残念とはどう言う意味で御座いますか」

「誠一郎様の思い人の名は舞と言うのですよ」

「まぁ~あ・・・・嘘、嘘です、その様な、嘘~」

「お待たせ申しました。何が嘘なのですか、舞殿、お体は壮健で御座いますか、お早紀様」

今着いたばかりの誠一郎が問い掛けた。

「お気遣いありがとう御座います、頗る壮健で御座います、食欲は二人分以上で身体が肥えた様にございます」

「それは良う御座います、女衆は大変で御座いますな、舞殿、如何なされた、顔が少々赤い様に見受けられます、お風邪を召されましたかな」

「いえ、私も壮健で御座います・・唯今は・・・その・・・お早紀様~」

「はい、はい、誠一郎殿、舞は大丈夫ですよ、さぁさぁお話をお聞きしましょうかな」

お早紀が話しを逸らし何時もの情報交換に移った。

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