第53話 蕎麦屋の事前修行
幼い舞は、修行の場を与えてくれる龍一郎に感謝し報いたいと考え、山に行った時に皆の足手まといにならない様にしようと決意し早朝から神社の階段の登り降りを始めた。
最初は辛かったが今では背中に石を入れた袋を担いで神社まで走り、階段の登り降りを何度も何度もやり、背中の石もどんどん重くなっていた。
そんなある日の朝、出かけるところを母親に見咎められた。
舞は残念ながら修行は終わりだと思った。
「舞、ちょっと待っておくれ、おっかさんも一緒に行くから」
舞は小躍りし喜んだ
「しぃー、おとっつぁんが起きちゃうじゃないか、ちょっと待っておくれ、おっかさんも仕度するから」
二人は走り易い様に山袴(モンペもこの種)姿に服装を整え二人で神社に向った。
「舞、ところで、背中に何背負ってるんだい」
「石が入っているの、ただ、走るより鍛えられると思って」
「帰ったら、おっかさんも作るよ、明日から一緒に背負って走るよ」
四半刻走って神社に着いた。
舞は初めて走る母親に合わせて遅く走ったがお駒は息も絶え絶えだった。
「子供でも、毎日鍛えれば、ここまでに、なるんだね~」
お駒は舞に感心した。
「何時から始めたんだい」
「龍一郎さんに山修行を告げられた次の日から」
「舞、我子ながら、舞は偉いね」
「えへん」
舞は威張って見せた。
「おっかさん、最初から無理しちゃ駄目よ、これから階段を登り降りするけど、私に合わせないで、ゆっくりで良いからね」
「解かったよ」
早速、舞は階段を登り始めた。
凄い速さで昇って行く、あっと言う間に頂上に着き下って来た。
お駒はまだ半分も行っていず、お駒が上に着いた時には舞は四往復していた。
「下りが危ないから気を付けてね、転んだりしたら、大怪我しちゃう」
「・・・解かったよ」
お駒は返事の声をやっと出す始末だった。
結局、お駒の初日は三往復に終わり、その間、舞は30往復していた。
帰りはお駒に合わせ歩いて帰った。
その日から、毎朝、二人の親子は修行を続ける事になり、お駒も段々早くなった。
ニ十日程経ったある朝、何時もの様に神社に向かおうとした二人は清吉に見つかってしまった。
岡っ引きの清吉にニ十日近くも気付かれなかった事が可笑しいと言えば可笑しい。
この日から朝の修行が三人になった。
さすがに岡っ引きだけに初日から早く、お駒の初日とは違った。
たが、速さは、先に始めていた二人には適わなかった。
特に階段は岡っ引きの誇りと男の誇りをズタズタにした。
二日目からの清吉は背に背負った石の量は半端ではなかった。
メキメキと早さが増し石の荷物も増えて行った。
叉、舞は裏庭に石を何個も並べていた、始めた頃は自分の頭程の大きさの物だったが序々に大きくなっていった。
この石をしゃがんで持ち立ち上げる動作を毎日、何回も何回も行っていた。
お駒も清吉も店の合間、捕物の合間を縫っては行っていた。
それ程に三人は龍一郎の山修行の言葉に真剣だった。
何故か、山修行に関係ない店の手伝いの男衆も女衆も、この石上げを始めだしていた。
現代の様に、余暇に楽しむ物の少ない時代で、玩具に夢中になる子供でもない。
囲碁、将棋は二人いるし、本の少ない時代で高価でもあった、そんな時代だけに、店の余暇には丁度良かったのかも知れない。
最初は、店の手伝いの一人の下っ引きが始めたが、その男が捕物で盗人を捕まえる時の力強さに、他の下っ引きも始め出したのである。
叉、手の力が強くなると包丁捌きも旨くなり、長時間の蕎麦切りが可能になっていった。
今では、店の者全員が余暇の石上げが当たり前になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます