第54話 稽古場の女衆

藩の稽古場の四人は、そうはいかない。

藩には門があり毎朝それも日も昇らぬ時刻では外出も難しい。

平四郎は、修行の一環として可能だったが、他の女衆三人は、無理であった。

その為、毎朝、稽古着姿の平四郎は外へ走り出し、女衆三人は稽古場の周囲の往復で垣根から裏を回って反対の垣根までの走りの修行になった。

女衆三人で以外だったのは、一番年上のお久で初日から速さが半端ではなかった。

娘のお峰に取っては一際大きな驚きだった。

お久は速さも早かったがその持久力も二人を大きく凌いでいた。

二人の若い娘が息も絶え絶えになっても平気な顔で変わらない。

いや、今まで二人に合わせていた様に一人になると、その速さを増し往復を繰り返していた。

二人の娘の目は驚きと悔しさに満ちていた。

勿論、憎しみはない、自分の情けなさに対する悔しさであった。

初日の夕餉に、二人の娘が平四郎にお久を話題に出した。

平四郎は信じられぬ、と、お久を見つめたが、お久は、にっこり微笑むだけだったが娘のお峰に執拗に事情を求められ観念し話しだした。

「若い頃の私は、女武芸者でした。父が稽古場を開いておりましたので、幼き頃より剣術全般を厳しく仕込まれました。生憎、両親には男子が出来ませんでしたのでね、十六歳で父の稽古場で父以外に私に勝てる者は、居りませんでした。母は最初から女の私が剣を学ぶ事に反対しておりましたが、その頃から父も母と同じ様に私へ普通の女の幸せを、つまりは婚儀による幸せを望む様になりました。私に婿を取り稽古場の世継ぎにする事です。でも私にはもう剣から身を引く事は考えられませんでした。私に出来た事は逃げる事だけでした。私は50両を持ち出し諸国へ剣の修行に出ました。龍一郎さん程長くはありません、でも、二年は、負けませんでした。水戸藩、仙台藩、陸奥、佐渡へと旅を続け、加賀藩で出会った同じ諸国武者修行中の男に初めて負けました。竹刀で負け、納得できず木刀で挑み再度負けました。お峰、お前の父ですよ。その時から私は剣を捨てました。ですが今でも若き日の修行が生きている様です。龍一郎様が加賀藩の若様と知り、何やら因縁めいたものを感じました。」

この告白に娘のお峰を始め、三人は驚き感銘した。

平穏なこの世に武者修行をそれも女が・・・。

平四郎がお久に問うた。

「剣術全般と言いましたが、ほかに何を修行されました」

「手裏剣、棒術、槍です、手裏剣はお峰に指導しました、お峰は小太刀よりも手裏剣に才があります」

「お峰さんは、手裏剣の名手ですか、ぜひ、ご指導下さい」

「お有、お前は小太刀の才があります、二人で教えあうと良い」

次の日の夜から、何故か稽古場の正門と窓が閉じられる様になった。

平四郎とお久の剣術修行とお有、お峰の小太刀と手裏剣修行が追加された。

平四郎への手裏剣はお久が師匠だった。

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