第50話 三郎太の弟子
龍一郎は、平四郎の稽古の後の昼餉の誘いを遠慮し、久しぶりに清吉の店に寄った。
昼餉の誘いを遠慮するとお有はとても残念がった。
清吉の店は八つ過ぎにも関わらず、ほぼ満席だった。
数少ない空席を見つけ席に就くと店の注文取りの幼い娘がお茶を持って来て、龍一郎の顔をまじまじと見つめ注文を取り台所に戻って行った。
龍一郎は娘の様子が一瞬気になったが忘れる事にした。
暫くして蕎麦を持って来たのは、やはり幼なかったが少年だった。
この少年も龍一郎の顔をまじまじと見詰め台所に去った。
可笑しな事だと思いながらも幼い小たちなので当然、殺気はないので龍一郎は忘れた。
食べ終わった頃、清吉が龍一郎を奥へ誘った。
そこには、女将の他に先ほどの幼い男女がいた。
清吉と女将は突然、龍一郎に平伏した。
「その節は、私どもの子供たちをお助け戴きありがとうございました」
女将が言い子供たちもペコリと頭を下げた。
龍一郎には、とんと覚えがなかった。
清吉が次いで尋ねた。
「以前に龍一郎様は、この近くの辻で浪人どもから子供をお助けになりませんでしたでしょうか」
「・・・・・おぉ、ありましたね、それが何か」
「その子供たちは、ここにおります、私共の二人の子供たちでございました」
「おぉ、そうであったか、それで、私の顔を確かめに来たのですね」
「まさに、奇遇でございました、その日、二人より知らせを受けましたが、まさか龍一郎様とは思いも致しませんでした、私どもは、いろいろな意味で龍一郎様には、足を向けて眠れません」
「大袈裟ですよ」
「龍一郎様のお為でしたら以後、何でもお申し付け下さい」
「・・・・・ありがとう、早速ですが、三郎太に暫く暇を取らせて戴けますか、先ずは十日」
「はい、三郎太は既に店になくてはならぬ存在ですが、何とかします」
「そう・・・・もう一つ、息子さんを暫くお預かりしたい」
「平太ですか」
清吉は勿論、女将も当の本人の平太も驚いた。
「駄目でしょうか」
「男ですから何の心配もありませんが」
「良いのですね、では今日、店仕舞いの後、二人に旅支度をさせ私の屋敷に遣して下さい」
「今夜からですか・・・・旅支度で・・・・解りました、お駒、平太、舞」
清吉が家族の名を呼び納得させた。
その夜、三郎太と平太は約束通り屋敷にやって来た。
遅い夕餉を食べながら龍一郎から、理由を聞かされ三郎太は困った顔をしたが、平太は飛び上がらんばかりに喜んだ。
その夜、蕎麦屋では、清吉とお駒が話し合っていた
「龍一郎さんは平太をどうするつもりなのかねー」
「何でもいいよ、可愛い子には旅をさせろ、と言うじゃありませんか、まして平太は男の子ですよ、あたしはねー、平太が立派に成って帰ってくると見ましたね」
「お駒、お前は本当に男のおれより男みたいに考えるね」
「あぁ、私はね、本当は男に生まれたかったね」
「はぁ~」
清吉はため息を憑いて呆れた。
翌朝、まだ空が明けやらぬ時刻に龍一郎の屋敷を三人の男が出て行った。
男二人と子供、勿論、龍一郎、三郎太、平太である。
今より、三郎太が平太に忍びの業を仕込む修行が始まる。
三郎太にとって平太と言う一番弟子ができた日であった。
蕎麦屋に大男とちょこまか動く鼠のような子供が居なくなり、何か足りない様な気持ちに店の者が感じ、不思議と常連のお客も感じていた。
十日目が過ぎ十二日目の朝、三郎太と平太の二人が店に帰って来た。
旅姿ではなくこざっぱりとした服を着ており、三郎太が清吉とお駒に告げた。
「江戸には前夜着きました、龍一郎様の屋敷に挨拶に寄り、そのまま、風呂と夜食をご馳走になり、ぐっすりと旅の疲れを取り去り店に戻りました」
清吉とお駒は三郎太の隣に座る平太を見ていた。
二人は感じていた、違う、何かが以前と違う・・・・・そうだ、落ち着きだ、目の輝きだ、座る姿勢だ、顔付きだ、気が付いて良く見ると、まるで別人の様だった。
二人は、一先ず安心していた、悪くならずに良くなった様だと。
ある日、龍一郎が久しく訪れていないと清吉の店に顔を出した。
すると奥へ通され清吉夫婦に又もや平伏され、平太の大人への急激な変化に感謝された。
お駒はこうも言った。
「平太に何処で何していた、と聞いても答えません、只、笑うのです、今までなら癇癪を起こしていたのにね~、三郎太にも聞きましたが、簡便して下さい、と答えるだけで、何度も二人に問い詰めると、二人とも最後には龍一郎様に尋ねてほしい、と申します」
夫婦は龍一郎の顔を除き込んだ。
「お二人の気持ちは、解らぬでもありません、しかし、問い詰めるのは、悪くなった場合と思いますが、平太は、お二人に取って悪くなったのでしょうか・・・・良くなったので有れば聞かぬ事ですよ」
「確かに平太は良い方に変わりました、が・・・・・」
二人は何だか釈然としない顔つきであった。
「その内、お二人にも解りますよ、身に染みてね」
意味深な事を言って、蕎麦を食べに店へ向かった。
残された二人は、今の龍一郎の言葉の意味を考え話し合った、が解らなかった。
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