第40話 大岡との再会

その日も龍一郎は江戸の町を歩き堀の向こうの城を見ていた、暫く眺めていると後から声を掛けられた。

「龍一郎殿」

振り向くと、懐かしい顔がそこにあった。

「大岡様、お久しぶりにございます」

「吉徳殿と御呼びした方がよろしいかな」

「いいえ、私は家を出た身、故に龍一郎にてお願い申します」

「承知、ところで、何をなされておられたな」

「大岡様と同じでございます、江戸の散策の途次にございます」

「私が江戸の散策とは、異な事を申されるな」

「大岡様、城中は存じませんが、市中の噂は早うございます、近々の町奉行就任とか・・・」

「ほう、市中の噂にのう」

「普請奉行としての城石垣の見回りとも思えません、町奉行としての事前の見回りかと・・・」

「普請奉行としての城石垣の見回りではないと・・」

「その任なれば、当然、下役とご一緒のはずでは・・・と」

「ところで、師範の勤めは良いのか」

「ご存知でしたか」

「好きな者と嫌いな者は調べておかぬとな」

「前者であれば良いのですが」

「勿論、前者に決まっておる・・・」

暫し考え言葉を続けた。

「わしには男二人女一人の子がおる、十五歳になる嫡男が最近、悪い道に嵌ったようでな」

「大岡様も幼き頃は、同様だったのではありませぬか」

「確かに、父母に心配を掛けた、が、わしには、剣があった、悪の道は気分も良かったが、稽古場で竹刀で叩かれても叩かれても向かって行き、汗を流した後の爽快感には勝てなんだ、その剣の師に悟らされた、だが、倅には剣の師が居らぬ、そこで、龍一郎殿に倅 誠一郎の師になって貰いたいのじゃが、よろしく頼む、無理であろうかのぉ~」

大岡が頭を下げ願った。

「承知しました」

龍一郎は大岡に頭を下げられ断ることができなかった。

「おぉー、引き受けて下さるか、ありがたい」

「それで、誠一郎殿は、どちらにお住まいですか」

「役宅には、寄り付かぬ、麻布の私邸に住んでおる」

「本日より、暫く、誠一郎殿をお預かり致します、ご心配なきように願います」

「すまぬ、世話を掛ける、よろしく頼む」

大岡が再度頭を下げ礼を言った。

「では、これにて」

大岡の私邸に向かって歩いて行った。

「屋敷をご存知か」

「ご心配あるな、無論承知しております」

見送る大岡は、暫く見ぬ間に一段と逞しく、剣の腕も上げられたようだ、と思った。



-----------<大岡越前守忠助>----------------------

1700石の旗本・大岡忠高の四男として生まれ、貞享3年(1686年)、同族の1920石の旗本・大岡忠真の養子となり、元禄13年(1700年)、家督を継ぎ3代当主となった。

将軍綱吉時代の元禄15年(1702年)に寄合旗本無役から書院番になり、翌年には元禄大地震に伴う復旧普請のための仮奉行の一人を務める。

宝永元年(1704年)には徒頭、宝永4年(1707年)には使番となり、宝永5年(1708年)には目付に就任し、

6代将軍・家宣の時代、正徳2年(1712年)に山田奉行(伊勢奉行)に就任した。

7代将軍・家継の時代、享保元年(1716年)に普請奉行となり、江戸の土木工事や屋敷割を指揮した。

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