第36話 稽古場荒らし

その無頼漢は、早朝にやって来た、皆で稽古場の掃除を終え、そろそろ館長、師範を呼びに行こうとしたころだった。

入り口から男が入って来て稽古場の真ん中で立ち止まった。

「指南役はどいつだ」と怒鳴った

「誰か、門番を見て参れ、それで、我が藩の剣術指南役に何用ですか」

二人の門弟が門へと駆け出して行った。

この稽古場は藩邸内にあり門番に止められるのが当然であったからである。

「その方が指南役か」

「私は、師範代ですが、私ではいけませぬか」

「おぬしごときでは、つまらぬ」

その時、奥から館長と師範が稽古場に入って来た。

「どちらが指南役だ」

「私ですが、何用ですか」

門番を見に行った一人が戻り、気を失っていただけだと告げた。

「決まっておる、一手御指南願いたい」

「どの稽古場でも主は直ぐに出ぬものです私が、お相手致します」

師範代が竹刀を構えた。

「木刀で願いたい」

「太郎佐殿、ここは私が試合います、偶には、働かねば・・・ね」

と言うと木刀を肩に担いだまま、前に出て来た、館長は高所に座り、門弟たちは壁際に座った。

「誰に頼まれましたな」

「頼まれてなどおらぬ」と言いつつも一瞬の狼狽を見せた。

「左様か、まぁ、答えるはずも有るまいな」

道場破りが正眼に構え、間合いを詰めて来た、龍一郎の木刀はまだ肩に乗っていた。

「どれ程の怪我がお望みかな、武士廃業でも構わぬかな」

「抜かしおって」

無頼漢の顔が赤く染まった。

十分あった間合いを龍一郎が無造作にすたすたと詰め始めた。

無頼漢は驚き、構えを八双に変え、一機に脳天目掛けて振り下ろした。

見ていた門弟たちは、木刀が脳天に食い込むのを見た、と思ったら無頼漢が右の壁際まで吹っ飛び龍一郎は元の位置に立ち木刀も肩に担いだままであった。

しばし、稽古場に声もない、外の鳥声も聞こえない、

「誰ぞ、介抱してあげなさい」

館長の声に門弟たちが無頼漢に駆け寄り様子を見始めた。

龍一郎は目で合図し館長を奥へ誘った、

「太郎佐、後は任せる、暫くしてから戻る、出直じゃ」

館長と龍一郎は奥へ戻って行った。


<つづく>


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