第35話 料亭前にて
その日、珍しく、龍一郎と平四郎は外で酒を飲んだ。
平四郎が江戸の町をほとんど知らないと解り、「では、ぶらぶらと歩こうではないか」と言う龍一郎の言葉で外出する事になったのであった。
そして、暮れ六つ前に見つけた蕎麦屋に入り、蕎麦掻などを肴に酒を飲み、道場の話や、館長選出試合や、お互いの幼き頃の話をした、が、お互いにある時期に限られていた。
平四郎は、ここ三年以前の話はするが、それ以降の話は、全くしないし、龍一郎はもっと範囲が狭く10歳から16歳までの話だけで、お互いに無意識のような了解の上、深い追求を避けていた。
それでも、気心の知れた、旧知の友のように話が弾み時を忘れて飲んだ。
気付いた時には、5つを大きく回り、店の者に尋ねると「旦那方、もうすぐ4つですぜ」と言われ、店を出て帰路に付いた。
話ながら歩き、ある料亭の前で大名籠が二丁止まり供侍も8人ほどいる仰々しい光景に出くわしたが、通りの向こう側を歩き続け、藩邸前で平四郎と別れた。
龍一郎は一人屋敷に戻りながら、二丁の家紋の一つが加賀藩のものであり、いま一つが大聖寺藩のものであったと事と籠に乗ろうとした武士が、じっと龍一郎を見ていた事を考え、あの武士は龍一郎を知っている者であろうか、「加賀藩の重席にある者、籠に乗るから当然だが龍一郎の顔を知る者となれば、人数は限られる」と思った。
又、何事もなければ良いがとも危惧した。
--------------<加賀藩、大聖寺藩の家紋>------------------
加賀藩の家紋は「おしべ」の部分が剣先の通称「剣梅鉢」、大聖寺藩は通称「棒梅鉢」と呼ばれ、大聖寺藩の家紋には剣の使用が許され無かった。
因みに富山藩前田家は剣と棒の複合形状である。
<つづく>
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