第33話 平四郎兄弟の引越し
試合の三日後に平四郎兄弟が藩邸に入った。
住いは稽古場奥の館長の住いである。
前々日、平四郎は奥の館長の住いへ前館長の家族に会いに行った。
そこでは前館長の妻女・お久と娘のお峰が引越しの準備をしていた。
「失礼致す、先の館長・竹内殿のお内儀と娘子と存じますが・・・」
「はい、わたくしは久、これにおりますのが娘の峰で御座います、貴方様は此度館長になられた方にございますな」
「はい、某(ソレガシ) 岩澤平四郎と申します、早速ですが引越しの準備と推察いたしましたが、住いはお決まりでしょうか」
「新たな住いと仕事が決まりますまで屋敷のお長屋をお借りする事になっております」
「屋敷を出て行かれるのですか」
「はい、致し方ございませぬ、竹内が亡き今、私共は無用にございます」
「・・・・お仕事がお決まりで無いならば、是非、稽古場の奥の手伝いをお願いしたい、如何ですかな」
「奥の手伝いと申しますと、家事に御座いますか」
「左様、ご不満ですかな」
「いいえ、不満など御座いませぬ、これまでと変わらぬ事で御座います」
「住いは申し訳御座らぬがお長屋にてご勘弁願いたい」
「とんでも御座いませぬ、お屋敷に居られるだけで幸せにございます」
「では、約定なり申した、お留守居役には某から許しをこうておきます」
「ありがとう御座います」と母娘が礼を言った。
平四郎はその日の内に親子が屋敷の長屋に住む許しを取り付け、その旨を竹内親子に伝えた。
平四郎とお有の荷物は非常に少なくお有が両手に風呂敷を持ち平四郎が背に風呂敷を背負っているだけだった。
何年もの間、旅から旅への暮らしをしており荷物を持たぬ事にしていた。
手伝いにと待っていたお久、お峰の親子は余りの少ない荷物に驚いていた。
寝布団、座布団も無かった。
平四郎は布団だけは新たにと三日前に注文してあり、丁度その日に届いた。
先の館長宅には客用の布団が有ったので間に合わなくても良かったのではあるが・・・。
<つづく>
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