第31話 平四郎の妹
龍一郎と別れた平四郎は、藩で借り受けた提灯を手に長屋の門を潜った、
まだ、家の明かりが灯いていた、妹が本日の試合を気にして待っているのだ。
平四郎は妹の心内を解し嬉しいくも申し訳なかった。
妹の思いは勿論、勝敗では無い、怪我など身体の心配である。
平四郎が戸を開けると、妹のお有が縫い物から顔を上げ、兄の全身を目で確かめ安堵の笑みを漏らした。
「只今、戻った、心配を掛けたな」
「お怪我がなくて良うございました」
「うむ、心配を掛けるつもりはないが危ないところであった、兄より格段に上の剣者がおってなその方の優しさに救われた」
「兄様よりお強い方ですか信じられません、お有は兄様が当代一と思うておりました」
「当代一とは、言い過ぎじゃ、だが兄も剣には、些か(イササカ)自信があった。
だが、それが大きな間違いでな、今日思い知らされた。
足元にも及ばなんだ、雲泥の差、天と地の開きであった」
「それ程の強者が居られましたか、それも優しいのですか」
「あぁ、慈悲の強者であった」と感銘の声音になった。
「では、その方が剣術指南役に御成りでございますね」
「それがの~、剣術指南役は兄に決まった、引越しの支度をせぬとな」
「えぇ~、兄様、お話が解せませぬ」
「それがの~、」
平四郎は、本日の出来事を詳細に語った、特に龍一郎の印象が克明だった。
「橘様は、素晴らしいお方ですね、早くお目にかかりたいものです、あ、兄様お話に夢中で、お食事を忘れておりました」
「藩邸で馳走になった、お有は食したか」
「いえ、兄様をお待ちしておりました」
「おお、すまなんだ、食べよ、食べよ」
「はい、兄様のお着替えの後に・・」
「良い、自分でする」
兄弟は暗がりの中、珍しく夜半近くまで明日からの予定を語り合った。
<つづく>
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