第29話 藩主、吉宗謁見
この日、異例にも高々一万石の七日市藩藩主前田大和守利理(ヨシタダ)が将軍・吉宗の目通りとなった。
「大和、本日の用向き察しが付いておろうな」
「はい、指南役公募の一件と推察いたします」
「武家の恥と思わなんだか」
「思いましてございます」
「武家の体面を傷付けたる罪軽からず、故に、断絶の沙汰もあると考えなんだか」
「考えましてございます」
「して、その答えは」
「はい、その前に、ここに至るまでの経緯をお聞き戴けましょうや」
「話してみよ」
「はい、正直に申しまして、事の起こりは、私の欲にございました」
「そちの欲とな」
「はい、此度、上府される上様が事の他、剣術好きと聞き御呼び、藩士の剣技上達を目論みましてございます。
ところが、半年前に当藩館長・・、当藩では剣術指南役を館長と呼ぶ慣わしにございます。
その館長が半年前に突然、他界いたしました。
そのおり、次席の師範代に館長になるよう申しますと辞退されました。
藩命と申しますと、藩席を抜いてほしいと嘆願されました。
それが駄目なら脱藩する。
それも駄目なら切腹すると申しました。
何故に拒絶する、誰もが昇進を望むであろうと申しますと
「人には、向き、不向きがあります、私は二番目の補佐役が適任と心得ております、又、剣の技量も不十分にございます」と、答えました。
そこで、江戸家老、国家老、留守居役と相談いたし、江戸の藩士、国許の藩士より剣術指南役を募りました。国許で二十名、江戸にて十五名ございました。
国許にて二名に選抜し、江戸にても二名に選抜いたしました。
江戸にて四名の試合を行い、勝者が師範代と立会いました、師範代の圧勝にこざいました。
そこで、再度、師範代へ指南役を命じましたが、返事は同じでございました。
そこで、国許の剣道場に募りました。
五名の館長と二名の師範が江戸にまいりまして、師範代と試合いました。
ですが尽く、師範代が倒しました。
二名の師範を送った館長が急遽、江戸に参り、 師範代と試合いましたが、師範代の勝ちにございました。かようにも、師範代の剣技は卓越しておるのですが、本人が認めません。
師範代が申しますには、我が藩には時折、道場破りが参りますそうな。
そのほとんどは、師範代の下位の者、又は師範代が倒したそうにございます。
が、二度、館長まで手を煩わせ、意とも簡単に倒したそうにございます。
師範代が申しますには、師範代は、負ける事は許されるが、館長は一度の敗北も許されない。
私には、その自信がありません、お許し下さい、と、申しました。
事ここに至り、江戸家老と相談し、今回の公募と致しました。
その際、上様よりの、武家不行届の御下問もありやと危惧いたしました。
ですが、家老は、上様なれば、必ずや、問いの機会を持たれ、この公募が武士の本分たる剣技向上の切っ掛けたる事のご理解が戴けると申しましてございます・・・・長々とお聞き届け戴き申し訳もござりませぬ」
「・・・・・・・・、そちは、良き家老と師範代に恵まれておるの」
「ありがとうございまする」
「公募、許す・・・・・・一度そちの師範代に、会うて見たいものじゃ」
「ありがとうございまする」と言って退席して行った。
吉宗は、さて、試合検分に誰を送るか、やはり、将軍家剣術指南役の柳生俊方であろうな、と思った。
<つづく>
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