第28話 組頭からの依頼

この日、龍一郎は、組頭屋敷の式台に座っていた。

屋敷に来たのは、都合五度目であった。

一度は、養子願いの届出、二度目は、養子認可、三度目は、家督相続、四度目は、その認可だった。

四度の龍一郎の装いは久しく着ていなかった裃で、髪も髷を結っていた、但し、月代(さかやき)を剃ってはいなかった。

本来、届出は、当主が行うものだが、病気の床にある為、龍一郎は、その都度、当主、橘小兵衛直筆の委任書を持参し願い出ていた。

組頭は、小兵衛とは入魂で病と知り非常に驚き落胆した。

養子願いの翌日には屋敷に見舞い、養子と相続の意思を小兵衛に確かめていた。

そのせいか、 養子認可、 家督相続も支障なく認可された。

因に、当主が存命で隠居の形を取る相続を家督相続と言い、当主が死去し相続する場合を跡目相続と呼ぶ。橘家は小兵衛が病とは言え存命である、故に家督相続である。

五度目の龍一郎の井出達は、着流しで髪は長く後に垂らしていた。

剣、木刀、塗り笠を横に置き前庭や空を眺めていた。

大きな足音と供に組頭が現れ一喝した

「なんじゃ、その形(なり)は・・・」

「いけませぬか」と自分の姿を確かめた。

「はぁー、」

と組頭は溜息をつき

「おぬしには、釈迦に説法、糠に釘じゃ、気弱なのか、ふてぶてしいのか」

と言いつつ、龍一郎の横に腰掛け

「今日は、おぬしに願いがあって呼んだ」

「願いと言う事は、お断りできますのでしょうか」

「うぅー」と唸り、「お前と言う奴は、取り消しじゃ、命令じゃ命令」

「はい、では、お受けいたします」

組頭が驚き 「仔細を聞かずとも良いのか」

「命令とあらば、いたし方ございません」

「本当に、お前は・・・頭が良いのか、馬鹿なのか、素直なのか」

と呆れ顔で言葉を続けた。

「まぁ良い、お前に剣術試合に出て貰いたい、巷で評判ゆえ存じておろう、七日市藩じゃ、御留守居役殿と碁を通じて入魂でな、誰ぞ剣の優れた者が居らぬか、と問われてな、わしは、小兵衛を考えておった、それが病ではな、小兵衛なれば試合などせずとも推挙ですんだのじゃが、巷への公募となってしもうた」

「藩としては、屈辱でございましょうな」

「その事よ、殿様、重席方は、悩まれたような」

「しかし、私は指南役に成りたくないのですが、第一家は少禄とは申せ直参でございます」

「勝ち抜くつもりか・・・はぁはぁはぁ、冗談か、出場手続きは既にしてあるでな」

「いえ、至って真面目ですが」

「はぁー、まぁー良い、わしの顔が立つ程度には勝ってくれ」

「畏まりました」

「藩邸を知っておるか」

「駿河台で御座いましたかな」

街歩きの成果である。

「おぅ、良う知っておるろう、では、試合を楽しみにしておる」

と言って奥へ戻り、龍一郎もいつもの町歩き姿で屋敷を後にした。


駿河台は幕府が駿府の役人を住まわせた事が地名の由来とされ、現在は神田駿河台と呼ばれる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る